削がれてなお残る、芯のようなもの
『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』(文藝春秋)は、この混乱期に、飲食店の生の声を拾い上げた記録である。登場するシェフや店主ら34人は、この1年で手にしていた多くのものを失い、今また誇りも、アイデンティティも削り取られようとしている。
ただしそれと引き換えに、削がれてなお残る芯のようなもの、が見えてきたこともまた真実だ。
それは「何のためにこの仕事をしているのか」という自身への問いと、その答えである。本書の34人は、口を揃えてこう言うのだ。
「人に喜んでもらいたい。食で人を幸せにしたい。元気になってもらいたい」
綺麗ごとに聞こえるだろうか?
だが、彼らは本気だ。
たとえば、テイクアウトでも作り置きせず、家に帰ってテーブルへ載せた時の食べ頃を狙うシェフ。飲食店以上に補償のない生産者が困っていると聞いて、野菜を食べてもらうためのドレッシングを開発したり、レストランが止まっても野菜やワインが回せるように食料品等販売業の営業許可や酒類小売業免許などを取ったり、応援してくれた街の人たちへの恩返しに地元密着の新店をつくったりしてしまう店主たち。
あきらめない人たちの言葉
2020年の年末、医療現場の逼迫が叫ばれていた時などは、シェフらが結束して医療従事者へお弁当を届けるボランティア『スマイルフードプロジェクト』の第2弾を始めている。
この時期の飲食業界の状況を言えば、11月28日から始まった時短営業要請(22時まで)によって、1年で最も書き入れ時となる、そして2020年の望みの綱だったクリスマスも売上激減が必至。彼らは最後の砦を失ったも同然だった。
そんな時でさえ「自分の料理で喜んでもらおう」と考えただけでなく、ものすごいスピード感を持って実際に動いた。クリスマスを失った彼らが届けたのは、やはりクリスマスなどない人のための、クリスマスメニューである。
自分以外の誰かの喜びや幸せを動機にする人たちとは、なんなのか。
今、飲食業に限らず、あらゆる業界の人々が、ギリギリのところで踏ん張っている。不要不急という言葉も多くの人を傷つけた。世界中の人が、自分の仕事や存在について考えたこの1年。
「もう疲れてしまった。うんざりだ」
そう感じている人にこそ、彼らの言葉を届けたい。あきらめない人たちの言葉は、本当はあきらめたくない人の、力になってくれると思う。