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地方移住者が明かす“東京脱出”のリアル 「未経験で何からすればいいかわからない」「貯金はほぼなくなりました」

『東京を捨てる コロナ移住のリアル』(中公新書ラクレ)より #1

2021/06/24
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就農5年目に620万円の農業所得

 邑南町が地域おこし協力隊を募集する背景には、単なる農家の担い手対策としてではなく、町の名産品作りという目的もある。その名産品が、島根県オリジナルのぶどう「神紅」だ。ベニバラードとシャインマスカットの掛け合わせにより生まれたぶどうで、糖度が20度以上と高く、皮ごと食べられる。

 邑南町役場農林振興課・統括課長補佐の金山功さんは話す。

「農業の町だが、これといった名産がない。神紅の生産者を増やしたいが、植え付けから収穫まで3年がかかる。そこに新規就農者を挑戦させるため、地域おこし協力隊の制度を使えないかと考えました」

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 邑南町で就農を目指す地域おこし協力隊「おーなんアグサポ隊」は、2014年度にスタート。神紅の生産者を目指す「おーなんアグサポ隊ぶどう就農モデル」は、2020年からスタートし、現在、石井さん兄弟を含む5名が活動中だ。

地域おこし協力隊として就農した石井さん兄弟 写真=筆者提供

 アグサポ隊のぶどう就農モデルはこうだ。

 1年目はアグサポ隊が管理するハウス(10アール)と露地(30アール)で主に野菜の栽培の基礎を学び、島根県立農林大学校の圃場(農産物を育てる田んぼや畑のこと)でぶどうの栽培研修を学ぶ。2年目は、農林大学校の「農業科短期養成コース」に入学し、農業経営者として必要な専門知識やぶどう栽培を学ぶ。この研修2年目にぶどうを定植し、就農1年目にあたる4年目から収穫できる体制を整える。

 そして、地域おこし協力隊としての3年目は、定植したぶどうの自主管理を行いながら、自営に向けた就農計画を準備する。そうすることで、4年目以降は年間最大150万円の農業次世代人材投資資金の対象となるのだ。邑南町では就農5年目の経営モデルとして、作付け面積40アールで、約620万円の農業所得が得られるとしている。

 弟の大貴さんはこう話す。

「初期投資としてハウスを作るのに高額な費用がかかりますが、JAのぶどうリースハウス事業を活用し、初期投資を抑えることができます」

 非農家の新規就農者の独立、自営の道として地域おこし協力隊は最も有効な担い手の育成策に思える。それだけ、農地も農機具も持たない非農家の新規就農は難しいのだ。

 ただ、島根県のような手厚い支援を全国の農山村の自治体が行っているわけではない。国の農業次世代人材投資資金を活用し、半農半Xでの自立にたどり着こうとする夫婦もいる。