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地方移住者が明かす“東京脱出”のリアル 「未経験で何からすればいいかわからない」「貯金はほぼなくなりました」

『東京を捨てる コロナ移住のリアル』(中公新書ラクレ)より #1

2021/06/24
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跡継ぎがおらず事業が継続できないみかん農家

 徳島県勝浦町のみかん農家、石川翔さん(32歳)、美緒さん(33歳)夫妻は、東京からの移住者だ。ともに東京都内で会社員として働いていた二人だが、いつかは独立して、夫婦一緒に働きたいと考えていた。翔さんはこう振り返る。

「東京での起業は家賃などの固定費も高く、常に流行り廃りに左右されてしまいます。視野を広げ、地方での起業を考えました」

 移住先は寒さが苦手だったことから、温暖な地域を候補とした。とはいえ、移住先でどうして生計を立てるのか、具体的なイメージはない。半年程度、働かずとも暮らしていけるだけの蓄えはあったが、起業のための十分な資金はない。

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 そんななか、2015年8月に四国の移住相談イベントに参加し、勝浦町の移住相談員と出会った。そこで提案されたのが、跡継ぎがおらず将来的に事業が継続できないみかん農家の後継者探しだった。

「正直、農業はまったく考えていませんでしたが、すでに収穫できる畑を引き継ぎ、販路もある。最初から夫婦で収入を得ていけることに魅力を感じました」(翔さん)

 翌月には実際に勝浦町を訪れ、後継者を探す農家に会った。年間400~500万円の売り上げが見込め、そのうち経費は200万円程度。住む場所も準備され、家賃は農地の賃借料を含め、年間数万円。これならやっていけそうだと、夫妻はそれぞれ会社に辞職届を出し、2016年4月に勝浦町に引っ越した。

手取り400万円あれば贅沢できる

 役場のサポートを受けながら経営計画を立て、農業次世代人材投資資金(経営開始型)の交付も決まった。石川夫婦は非農家で、農家としての経験はない。しかし、経営を継承する場合には、新規作目の導入などの経営リスクを負うと市町村長に認められれば、対象となる。夫婦の場合は年間225万円だ。

「畑をそのまま引き継げると言っても、車を買ったり、借りた古民家の改修をしたり、貯金はほぼなくなりました。人材資金がなければ、早くに生活に困っていたかもしれません」(翔さん)

収穫期を迎えたみかん畑に立つ石川さん夫婦 写真=筆者提供

 夫妻が栽培するのは収穫時期の遅い、晩生みかん。収穫時期は11~12月いっぱいで、収穫物を出荷し、初めて現金収入を得たのは2017年に入ってからだ。当初は出費ばかりだが、農業次世代人材投資資金が夫婦の生活を支えた。

 ただ、農業次世代人材投資資金を受給できるのは最大5年。2019年は青果販売だけで420万円を売り上げたが、半分以上は経費で消える。