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事件は減った?

堂場 本に出てきた事件で個人的に興味深かったのが、2000年の年末に発生した世田谷一家殺人事件でした。というのも、被害にあわれた宮澤さん一家の近くに当時、僕も住んでいたんですね。あれがなぜ未解決のままなのか、本当に謎なんですよ。

服藤 本にも書きましたように、私がかかわったわけではないのですが、初動がダメだったと言われています。資料はたくさんあったんですが……。

堂場 ブツの洪水状態ですよね。

服藤 詳しくは言えないんですが、初動捜査で詰めなきゃいけないことを、詰めきれてなかったということに尽きると思います。私は昔から政治家の後藤田正晴先生にお会いしていたんですが、当時お目にかかると開口一番「世田谷の事件はなんで捕まらんのじゃ」と言われました。続けて「警察の力はここまで落ちてしもたんか」とまでおっしゃられて。

堂場 後藤田さんは官僚時代、警察庁長官まで務めた方ですから。

服藤 やはり未解決にしてはいけない事件でしょうね。反省して次につなげなければなりません。ちなみに最近は事件そのものが減っているんですよ。私が捜査一課で係長や管理官をやっていた頃は特別捜査本部事件は年間20から30件あったのが、いまはひと桁です。

服藤恵三さん ©石川啓次/文藝春秋

堂場 認知件数がそもそも減ってますし、最近は家族間の殺人事件が増えて、発生してもすぐに解決してしまうという事情もありますからね。じゃあ、多少は警察官の方も楽になっている?

服藤 そうなんですけど、経験が積めないから、刑事の捜査能力が伸びていかないんです。

堂場 ああ、現場で深夜まで頑張る経験があるのとないのとでは全然違ってきますか。

服藤 堂場さんもそうでしょうけど、人生のある時期、死に物狂いで何かをやって取り組んだ人と、そうでない人は生き方が全然違ってくると思うんです。

堂場 耳が痛いです(笑)。おそらく世の中の90%の人って、そんな大変な経験はしないんですよ。とりあえず普通に就職して、流されるように仕事をしてという感じで。僕自身、そういう生き方だったので。

服藤 いやいや、堂場さんは新聞社で働きながら小説家デビューもされて、それを両立されたというのは、死に物狂いで取り組んでこられた方ですよ。