今や事件の捜査になくてはならない「科学捜査」。その礎は、警視庁で科学捜査官第一号として尽力した服藤恵三氏によって築かれたといっても過言ではない。

 ここでは同氏の著書『警視庁科学捜査官 難事件に科学で挑んだ男の極秘ファイル』(文藝春秋)を引用。女性たちを眠らせて性行為に及ぶという、鬼畜の所業といって過言ではない行為を行っていた犯人を「科学捜査」で追い込んだ際のエピソードを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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六本木で働く外国人ホステスの失踪が続く

 後に「外国人女性等に対する薬物使用連続暴行事件(*1)」として特別捜査本部が設けられるが、この時点では「イギリス人女性ルーシー・ブラックマンさん失踪事件」として、マスコミが取り上げていた。

 *1 薬物を用いて10人の女性(日本人4人と外国人6人)を準強姦し、2人を死亡させたとして、不動産会社社長の織原城二が無期懲役となった。起訴された10件のうち、ルーシーさんの事件だけは準強姦致死罪を認めず、わいせつ目的誘拐・準強姦未遂・死体損壊・死体遺棄を有罪と認定した。

 事件の端緒は、7月4日に麻布警察署の生活安全課に出された「家出人捜索願」だ。元ブリティッシュエアウェイズの客室乗務員で、六本木でホステスとして働いていた21歳のルーシーさんは、その2日前から連絡が取れなくなっていた。署長報告の段階で目に止まり、捜査一課経験もある松本房敬署長が、生活安全部長になっていた寺尾さん宛てに「特異家出人」として、所見を求めたことに始まる。

 寺尾部長は直感的に事件性を感じ、有働理事官を呼び寄せ、捜査一課で対応するよう話したのだ。

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 このとき有働さんから聞かされた被害者は、やはり六本木の外国人ホステスだった。意識を失っている間に、客の男から乱暴されたという。その男に、捜索中のルーシーさんとの接点があった。48歳の不動産管理会社社長・織原(おばら)城二だ。

 被害者の状況から考えられる薬物や麻酔剤を調べた。飲ませるという行為からは、やはりベンゾジアゼピン系の薬物が有力だったが、麻酔前投与剤なども考えられた。当時はGHB(γ-ヒドロキシ酪酸)など、多くの脱法ドラッグも流行っていた。

遺体の解体やコンクリート詰めを行ったと思われる飛沫

 有働理事官からの下命はその後も続き、着手が近づいていると感じた。ルーシーさん以外に、被害にあった女性が複数いることもわかっていた。

「いよいよやるぞ。ハラさん(編集部注:筆者の愛称)の力が必要だ。現場に付いてきてくれ」

 10月12日。逮捕と同時に、神奈川県三浦市などに織原が所有していた複数のマンションで、家宅捜索が始まる。私は当初「逗子マリーナ4号棟」へ向かった。そこは明らかに、織原が女性を誘い込む場所と見て取れた。その後、転進要請を受けて「ブルーシー油壺」に移動した。ここの床面には、よく観察しないと見逃してしまうほどのコンクリートの飛沫が円筒形に立っていた。大きさは1mm程度で、全てが同じ方向を向いている。その方向が一致する場所で、コンクリートをこねるなどしたのだろう。遺体の解体やコンクリート詰めを行なった現場と思われた。