――電王戦は2連敗でしたが、名人戦は4勝2敗で防衛されます。印象に残っているのが第2局で、電王戦の第1局の直後に行われました。明らかにソフトに影響を受けた急戦を採用して勝ちましたよね。
佐藤 いま考えると、私にしては珍しく最先端にいっていたなと思いますね(笑)。あれは当時だとあまり指されておらず、私自身もあまり経験がないなかで、いきなり名人戦の舞台で採用したわけですから。電王戦の準備でソフトの感覚が自分のなかに入ってきていたのでしょう。
ソフトの普及で大局観や最新形の主流が変わった
――そして、電王戦と名人戦のあとにソフトの波が本格的に押し寄せてきたと。これまでとは何が違うのでしょうか。
佐藤 研究家の若手に続いて、多くの棋士がソフトの採用する形、手自体を取り入れるケースが大いに増えたと思います。例えば、右桂を早めに跳ねていって攻める急戦も昔からソフトによって示されていたけど、当時は「よくわからないよね」で置いといて、別の形や課題局面でソフトの読み筋を取り入れようとしていたと思うんです。いわばソフトはオブザーバーで、棋士は自分の感覚で本質や勝ちやすさをフィルターにかけて、それに合わない手や作戦は取り入れなかった。でも今度はソフトの感覚が妥当なものとして認め、推奨されることを理解して吸収するようになっていたと思います。
――その影響もあって大局観や最新形の主流が変わりましたね。ほとんどがソフトを源流にした作戦になりました。
佐藤 そうですね。それで結果を出せば優秀性が示され、「ソフトの作戦はソフトにしかできないと思っていたけど、人間でも指しこなせるんだな」となり、そのうち「みんなやるから、やらないといけないんだな」と主流になっていったんじゃないでしょうか。
私自身は名人戦第2局でうまくいったとはいえ、先んじてソフト特有の指し方を取り入れることは少なかったです。もちろん、ソフトに寄せようかなと取り組んだことはありますけど、自分の感覚を通すほうが多かったので。
――ソフトによる集中的研究で、2017年からタイトル戦線に出てきたのが豊島将之竜王です。研究会をすべて辞めて、ひとりでソフトと向き合う日々と聞いたときは驚きました。
佐藤 その勉強方法が豊島さんに合っていたんでしょうね。ソフトで研究すると、ソフトにいわれるがままになり、思考過程が空虚になることがある。彼はそうならず、自分の考えを加味しながら研究されたはずなんです。また、ひとりでやるのも性に合っていたんでしょう。ほかの棋士と意見を述べ合うほうが理解が深まるというタイプの棋士もいますからね。