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「評価値ディストピア」の世界をトップ棋士はどのように見ているのか

「評価値ディストピア」の世界をトップ棋士はどのように見ているのか

佐藤天彦九段インタビュー #1

2021/06/18
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豊島さんの棋譜はずっとチェックしています

――2019年、佐藤九段は名人戦で豊島二冠(肩書は当時)を挑戦者に迎えます。いままでの豊島将棋とは違いましたか。

佐藤 そうですね。豊島さんは関西奨励会の1年後輩で、奨励会から公式戦まで多く指してきた棋士です。研究会はしたことがなく、プライベートで会ったり話さなくても、ずっと棋譜はチェックしています。名人戦のときはすごく充実されていましたよね。最新形の理解度が高くて、ソフトの研究をカバーするだけでなく、その一歩先をいっていました。そこに戦略性が加わり、どこが相手の盲点になるか、つまりソフトの点数を減らさずに相手の研究を外して自分の土俵に持ち込むかも考えていた。中終盤に関しても精度が高かったうえに、勝負勘も冴えていたと思います。

――結果は挑戦者の4連勝で、佐藤九段は名人失冠となりました。

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佐藤 私がもう少し抵抗できればよかったんですけど、序盤の微妙なラインの研究を出されて、流れをつかまれました。シリーズの後手番で横歩取りを1局指しましたけど、ある程度の合意が取れたんですよね。

――合意、ですか? 横歩取りは名人挑戦、3連覇の原動力になった戦法ですけど、何か意見を交わしたのでしょうか。

佐藤 いや、実際に「横歩取りはどうですか」と意見交換したわけじゃないので、私が勝手に思っただけかもしれませんけど(笑)。当時の研究では「横歩取りは先手が勝ちやすい」という傾向がありました。

 

「でも、せっかくの舞台なのでやってみよう」と準備したんですけど、やはり最善を尽くされると後手が勝ちにくい。そしたら名人戦も想定していた形になって、豊島さんの側からも「こうやれば先手のほうが勝ちやすいんじゃないですか」という考えが盤上で示された。要するに、事前準備の段階から両者の考えはある程度一致していたわけです。その共通認識が豊島さんとの間で得られたので「これ以上やってもしょうがない」となり、そのシリーズで横歩取りはもうやらなかったんです。中心になったのは角換わりでしたが、私はそれに対抗できませんでした。

 豊島さんがやっていたソフト研究は、ほとんどの人が真似できないことだと思います。最近、彼もソフトのいうことが高度になってきて、ひとりでやるのは大変だと話しているようですが。

80、90手の最終盤まで研究されている定跡が

――それが「評価値ディストピア」なんでしょうね。改めて、そんなに大変なんですか。これまでの最新形の研究合戦と何が違うんでしょう。

佐藤 いやぁ、ものによってはシビアですね。いちばんは角換わりでしょうか。80、90手の最終盤まで研究されている定跡がたくさんあります。