「コロナのロックダウンがなければ書けなかった」というのは、L.A.からハリウッドの最新情報を発信し続けている、在米30年の映画ジャーナリスト・猿渡由紀さん。世界的に広がる#MeToo運動によってハリウッドを干された映画界の巨匠監督ウディ・アレンと、13年もの間、公私を共にした女優ミア・ファローとの一連の騒動を、あらゆる記録資料や映像、長年の取材から、公平な視点で書いた一冊。これまで出版された関連本のほとんどは、どちらか一方の主張だけだったり、偏った見解で書かれたものばかりだが、本書はそれらの本とは一線を画す。
「すべては“あの写真”から始まったんです。ミアがあのポラロイド写真を見つけなければ、今と全く違う状況になっていたはずです」
“あの写真”とは、1992年1月、ミアがウディの家で見つけた養女スンニ(当時大学生)のヌード写真のこと。この写真によってウディが自分の恋人であるミアの養女スンニと肉体関係を持っていたことが発覚。その半年後、ミアは、養女ディラン(当時7歳)に対する性的虐待容疑でウディを告発する。セレブリティ家族を襲ったこの一大スキャンダルは瞬く間に世界中を駆け巡った。ウディは容疑を否定し、証拠不十分で94年に裁判は終了。しかし疑惑の火種は燻(くすぶ)り続けた。
「2014年にウディの疑惑が再燃したものの、この時は彼の地位はそれほど揺らがなかったんです。スキャンダルがあってもオスカーにノミネートされていましたから。当時は、作者と芸術作品とは別物だと分けて考えられていた。ところが2017年の#MeTooで、ウディの立場が大きく変わりました」
この#MeToo運動の立役者こそが、ウディとミアの息子ローナン・ファローである。ローナンは、大物映画プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインのセクハラを暴く告発記事でピューリッツァー賞を受賞した“#MeToo”のリーダー的存在。ダイアン・キートンやアレック・ボールドウィンなどウディを擁護するスターはいるものの、世間の大半はミアとローナンの親子に味方した。
「2013年11月の『ヴァニティ・フェア』誌のインタビューで、ミアが『ローナンは、(元夫の)フランク・シナトラの子かもしれない』と告白した。それを受けてウディは『もしそうなら、それが何を物語るのか。ミアは嘘つきだ』と。だから性的虐待は、ミアがでっち上げた嘘だってウディは言いたいんです。ローナンのDNA鑑定もされていません。もしシナトラの子だと判明したらこれまでの養育費をウディに請求されてしまうでしょうから。一方、ウディは二度の結婚生活において必ず不倫をしていました。とにかく女にだらしがない。40代になっても何人かのティーンエイジャーと付き合っています。挙げ句の果てに35歳も年下の、自分の恋人の娘と関係を持った。彼には“そういう要素がある”ということも書いておきたかった」
ウディとミア、どちらも天使でもないし、悪魔でもないが、双方の主張には矛盾があるという。その矛盾を本書ではできる限り正確に描く。
「この家族は、ものすごい複雑。どちらが悪いなんて簡単に決められない。性的虐待があったかどうか、その答えを知っているのは当の本人しかいないのです。ほとんどの人は、ことの詳細をあまりよく知らずに意見を言っています。あの家族に何が起こったのか。この本を読んで、ウディの映画を見るかどうか判断していただきたいですね」
さるわたりゆき/1966年生まれ、兵庫県出身。上智大学文学部卒業。女性誌編集者を経て92年渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、ハリウッド事情のコラムを新聞や雑誌、WEBサイトに執筆している。