励ましの作り話
島田さんが「大を漏らした男」のレッテルを貼られた翌々日、意気消沈している彼を励まそうと、ある作り話をしたのである。
「先月、友人らと飲んだ帰り、急に下腹が痛くなってタクシーを呼んだのですが、乗車拒否されて」
夜勤のとき、就寝前の薬を服用させながらそんな話を切り出した。島田さんとは以前からよく酒の話をしていたからである。彼も若いころはよく飲んでいたらしい。
「どうして?」
島田さんが怪訝な顔をした。
「そのとき、すでにちょっと漏らしていたんでしょうね。酔っていて自分では気がつかなかったんだけど、さすが彼らはプロですね。臭いですぐに気づいたんだと思います」
私は平静を装い飄々と話した。
「それで?」
話に興味を持った様子だった。
「それでも乗り込もうとすると、運転手が毅然と言ったのです。もし少しでも車内を汚したら、その後、仕事にならないし、クリーニング代まで含めて請求しますけど、それでもいいですか、ってにらむような顔で」
「それでどうしたの?」
「そのまま引き下がって歩いて帰りましたよ」
彼は気の毒そうに私を見た。
「妻にバレないようにすぐに下着を洗って、洗濯機の奥に押し込んでシャワーを浴びていると、突然、妻が起き出してきましてね」
「それはまた……」
彼がため息をついた。
「『あなた、こんな時間に何してるの?』浴室の外から妻の声がしましてね。『汗をかいてシャワーを浴びている』と口から出まかせを言うと『ふ~ん。早く寝てね』ってアクビを噛み殺しながら妻が言ったんです」
「そうでしたか」
彼の目は笑っていなかった。
「人一倍勘のいい妻は、洗濯機の中の異変や、私の慌てた様子で私の粗相に気づいたと思いますけど、大人の対応をしてくれました。ただ翌朝はどうにもバツが悪かったですけどね」
私はあえて快活に話した。これで彼と同じ立場なのだとアピールしたつもりだった。
「真山さん、それホントの話ですか?」
急に彼の視線が鋭くなった。ここでバレたら元も子もない。
「ええ、焼酎のサイダー割り(*3)が好きで、がぶがぶ飲みすぎたのでしょうね」
*3 実際に好きで、私の場合これだと二日酔いしない気がする。鹿児島では、芋焼酎をお湯割りで飲む人が多く、割合は焼酎6にお湯4が定番。注ぐのはお湯が先か、焼酎が先かしばしば議論になるが、私はどちらでも可。自分が老人ホームに入るのなら、飲酒が許される施設を選びたい。
私は平然とウソを重ねた。これもこの介護の仕事で身につけたある種の技術である。