「最後の晩餐」をかなえてあげたい
さて、「食欲」。「人生の最後に何を食べたいか」というテーマのテレビ番組が以前あった。
最後の晩餐(*5)。あるデータによると、日本人の最後に食べたいものの3位がステーキ、2位がおにぎり、堂々の1位が寿司。ちなみに飲み物の1位はビールだという。大山さんが食べたがった寿司が1位。なんとも皮肉な結果だった。
*5 ダ・ヴィンチが描いた名画の題名としても有名。施設のお年寄りたちに好物を訊くと、ほとんどの人が別になんでもいいと答える。その割には好き嫌いが多く、嫌いなものはだいたい残す。味噌汁の味が薄いと言われ、一度下膳してあらためて同じ物を出したところ「美味しくなった」と完食した人もいた。
以前施設にいた別の男性の場合、病院から認可を受けて、月に何度か、兄弟たちが彼を施設から連れ出して外食していた。そのとき、彼は思う存分、好物のごちそうを食べて満足して施設に帰ってきた。どこの焼肉を食べた、どこのラーメンを食べたと嬉しそうに語ってくれた。彼の生きる目標がその外食だった気がする。
それにくらべて大山さんには彼を外食に連れ出す親戚もいなければ、その前にまず医者からの許可が下りない。本当に可哀想だ。
少しでも彼の希望を叶えられないかと大島施設長と協議していたとき、私の父の記憶がよみがえった。
父の最期は病院だった。亡くなるひと月ほど前、父が突然、カリントウが食べたいと言い出した。職員にどうにかならないかと打診したが、誤嚥の可能性があるからと即却下された。
その病院には作業療法士(*6)など食事介助のプロの資格者がいて、彼らが父に食事を与えている現場を何度も見たが、まるで子ども扱いされているようで、妙に悲しくなったことを覚えている。今は仏前に、カリントウや彼の好物を供えるようにしている。
*6 心身の不自由な患者の身体、精神面のケアをしながら、リハビリを指導、援助、治療する仕事で、国家資格である。私の施設にはいないが、知人の作業療法士は根気強くてとにかく優しい。若いのにこの資格を取得しようと思うところから私などとはきっと人間の出来が違うのだ。
生きているうちに、大山さんが寿司を食べられる日(*7)が来ればいいと思う。このままだと彼は寿司を求めて、施設を抜け出すのではないかと、妙な心配までしてしまう。食べ物の恨みは恐ろしいという。
*7 一度、夕飯に生魚を使わないチラシ寿司を出したことがあったが、残念そうに食べていた彼の姿が印象的だった
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