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「汚した下着をどこかに隠しているみたいよ」“大を漏らした男”のレッテルを貼られた施設入居者を助けた介護職員の“嘘”

『非正規介護職員ヨボヨボ日記――当年60歳、排泄も入浴もお世話させていただきます』より #2

2021/06/23
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「こっそり買ってきて」と懇願されて…

 私の勤務する施設では基本、刺身、貝類など、生ものは出さないことになっている。彼の場合、食べ物の持ち込みも禁止である。

「私も長らく食べてないですね」

 少々バツが悪くてつい言ってしまった。実際、半年ほど前、回転寿司をつまんだくらいだ。

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「今度、こっそり寿司を買ってきてくれないか。お金は払うから」

 困った。無理な相談である。中には酒類まで出す老人ホームもあるらしいが、私の勤務する施設は、提携している医者の承諾がなければ、酒どころか、せんべい一枚持ち込めない。

 改めてそのことを説明すると、彼は黙ったままリモコンでテレビを消した。

 なんとも言えない気分だった。すみませんと言い残して部屋から出た。

写真はイメージです ©iStock.com

お年寄りはよく眠る

 人間の三大欲求は「性欲」「睡眠欲」「食欲」といわれている。

 一般的に、「性欲」は歳とともに衰える。たまに例外の人もいないではないが、彼らが露骨にその欲を表に出すと「いい歳こいて、何をしているのですか。このスケベじじい、エロばばあが」などと周囲から蔑まれることが多い。「睡眠欲」では、私の施設のお年寄りはよく眠る。そんなに眠らなくてもいいのに、と突っ込みを入れたくなるほどよく眠る。

 深夜、容態チェックのためにそれぞれの個室に見回りに行くのだが、彼らの寝顔を眺めるとまるで死に顔のようで、思わず「大丈夫ですか」と声がけすることもある。息をしているのか心配になり、鼻や口元にティッシュをかざし、呼吸を確認したことも何度かあった。

 老い先短い彼らは、往生した後、未来永劫、無限の眠りにつけるのだから、生きている間はもう少し覚醒していたらどうかと思うのだが。

 寝る子は育つというが寝る老人はどうなるのか。よく眠る老人は長生きの人が多いという話もある。

 介護職員としては夜間徘徊などされるより眠っていてくれるほうがありがたい。