異臭問題の行く末
女性職員から相談を受けたその日の深夜、夜勤で見回りをしていると、島田さんがトイレの洗面所でこそこそ下着を手洗いしている姿を見かけた。翌朝、彼の個室の洗濯物用バケツには半乾きの下着が放り込まれていた。女性職員が指摘した異臭問題はこれで解決した。
ただもうひとつ問題がある。島田さんは、今のところふつうの下着をはいているが、近い将来間違いなく紙パンツを使うことになる。紙パンツをはくように彼を説得するという大仕事があるのだ。
いかに彼のプライドを傷つけないように話をするか、それが難しい。
父が存命のころ、妻から下着を頻繁に汚す父に紙パンツをはくよう話してほしいと言われ、父を説得した経験がある。そのとき、「トイレに行く手間が省けて楽になるじゃないか」と無神経なことを言い、父の機嫌を損ねてしまった。結局、私は説得できず、お世話になっているデイサービスの介護士の方を頼って父を説得してもらったのだった。
最近、周りの職員が「島田さんと仲良しの真山さん」とことさら言うようになった。彼にその話を切り出す大役の外堀が徐々に埋められているようだ。
「寿司が食べたい」とつぶやいた大山さん
大山勝さんは医者から食事制限を言い渡された。とくに糖尿の気がある彼の場合、じつに気の毒である。
ご飯も小さな茶碗に、軽くよそう程度、あるいは糖質のない特殊な米を提供したりもする。彼からたびたびご飯の量が少ないと文句を言われるが、医者からの指示ですからと答えるしかない。薬も1回に8錠も服用してもらう。
ある日、就寝前の薬を個室に届けに行くと、たまたまテレビ番組を観ているところだった。
番組中、芸能人が豪華な寿司を食べていた(*4)。
*4 芸能人が各地のグルメを紹介する番組が多くて困る。私たちが施設で提供する栄養バランスを考えた食事と格差があるからだ。番組中、彼らは必ず「美味しい」と連呼する。実際はそれほどでなくても暗黙のルールなのだろう。その点、施設の入居者たちははっきりと「まずい」を表情に出す。
「俺も寿司が食べたい。どうにかならないか」
大山さんがぽつりとつぶやいた。