昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

「女子高生に覚醒剤を…」体を売った女性61人逮捕 大阪“ど真ん中”地下街で起きていた悲劇

「日本色街彷徨」筆者・八木澤高明氏を「文春オンラインTV」が直撃!#1

2021/06/19

――取材された1人目は、杏梨さん(仮名)という30歳の方でした。

八木澤 明るい方でしたね。話し好きな方でしたが、突然「泉の広場の話を聞かせてくれ」なんてお願いだったので、とても警戒されました。「警察の方ですか?」なんて言われたので、僕も一応免許証を見せて、警察じゃないですよと説明して……。

――身分をしっかりと明かしたわけですね。

八木澤 僕のほうから出したんです。僕の名刺を出しても、杏梨さんからしたら、偽名かもしれないと思うじゃないですか。なので、名刺と免許証の住所が同じですとか説明しました。

 杏梨さんに会ったのは、大阪のとある街の、住宅街にある工場の近くでした。本当は、その前日にアポイントが取れていたんですが、彼女の都合が悪くなって会えなかった。それで改めてお願いして、「昼休みなら」と工場の近くのベンチで話を聞きました。

取材に応じた杏梨さん ©八木澤高明

――それでも、最初は警戒されたのですね。

八木澤 彼女も「泉の広場」に居る時に、警察が張り込みをしているのを見ているし、私たちが使ったアプリを利用して、実際に警察が近づいてきたこともあったそうなんです。それで彼女の友人が捕まっている。だから、アプリを使って会う人も信用できないわけです。

女性の側からは絶対にお金の話は振らない

――杏梨さんは、いつまで「泉の広場」に立ってらっしゃったんですか?

八木澤 友人が捕まった昨年8月までです。

――そもそもですが、杏梨さんが広場に立った理由は何だったのでしょうか?

八木澤 生活費ですね。工場だけの収入だと、生活はできるけどギリギリのところなので。彼女は貯金もしたいというので、広場に立っていたそうです。

――新潟で夫からDVを受けて、大阪に移ってきたそうですね。

八木澤 別の所から新潟に嫁いで、子どもができてから旦那さんのDVが始まり、義理のお母さんともうまく折り合いがつかなかった。本当に精神的につらくて、とにかくすぐに離婚したかったそうです。子供の親権も手放すことになりました。

©八木澤高明

――杏梨さんは「泉の広場」で、どうやってお客さんをつかまえていたんですか?

八木澤 広場に立っていると、男性から声をかけてくるということでした。「泉の広場」に立ちんぼがいっぱい居た時代の話ですね。

――声をかけられて、そのままホテルに行くことになる?

八木澤 そういうことです。彼女が言っていたのは、警察の摘発もあったので、お金の話はその時点では全くしないと。

z