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2021/06/26

genre : 社会, 読書

 すれ違いざまに人着(編集部注:人相・着衣のこと)を確認すると、色あせたグリーンのジャンパーと、靴底が擦り切れて繊維が出てしまっている赤いサンダルが目についた。女の子の着ている白いワンピースも薄汚れてグレーがかっていて、『プリキュア』のイラストをプリントしたピンクの靴までもが泥だらけの状態で、2人とも相当の不潔感を放っている。

 カゴに目を落とせば、いつの間に手にしていたのか、鶏肉、アサリ、牛乳、卵、菓子パンなど、あまり万引きされない安価な商品ばかりが入っていた。買い物カゴを持つ左手の手首には、雑誌の付録で話題になったDEAN&DELUCAのトートバッグをかけ、不自然なほど大きく口を広げている。あくまでも個人的な見解だが、付録のトートバッグは犯罪供用物(犯行に用いる道具)になることがなぜか多く、警戒せざるをえない気にさせられるのだ。

「ねえ、ママ。あめちゃん、食べたい」

 [あのバッグは気になるけど、安いモノばかりだから、やらないかな………]

 そう思いながらも、どこか可能性を捨てきれずに観察していると、この店いちばんの死角である菓子売り場に入っていくのが見えた。客を装って棚の端からのぞき見れば、ママにおねだりする女の子の声が聞こえてきた。

「ねえ、ママ。あめちゃん、食べたい」

「うん、いいわよ。好きなのを取りなさい」

「やった」

©️iStock.com

 うれしそうにキャンディーを選び始めた女の子に背を向けた彼女は、カゴにある商品をすべてトートバッグに隠した。棚取りは全然見ていないので、このまま出られてしまえば見送るほかない状況だ。空になったカゴを売り場通路にある柱の陰に放置したところを見ると、これ以上商品を隠匿するつもりはなさそうだ。

 [あの飴玉は、買うのかな? あれをやったら声をかけよう]

 そんな気持ちで見守っていると、3本のチュッパチャップスを手にした女の子が彼女に言った。

「ねえ、ママ。いま食べてもいい?」

「1本だけね」

「やったー。イチゴのにしよう!」

「ほかのは、この袋に入れて」

 手渡されたビニール袋に、いま食べたいらしいイチゴ味以外のチュッパチャップスを入れた女の子は、破顔の笑みを浮かべてイチゴ味の包装を解き始めた。

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