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監督・コーチと一緒に夕食を摂りたがらない選手たち

落合博満 監督に就任する際、白井文吾オーナーから「常勝チームにしてほしい。現場の全権を任せる」と言われ、そのために必要な時間と私が判断した3年契約を結んだ。すぐに秋季練習やキャンプを視察した上で、私なりの考えを実行したのは、翌春のキャンプや遠征先での食事と、外国人選手の採用についてだった。

落合博満氏 ©文藝春秋

 プロ野球のキャンプや遠征の歴史について、少し書いておこう。私がロッテオリオンズに入団したのは1979年だが、その頃は宿舎が旅館からホテルへ移行しつつある時期だった。旅館の時代は大広間でチーム全員が揃って食事を摂り、布団に雑魚寝ということもあったようだ。旅館の食事は朝も夕も日本食がほとんどで、野球チームのような団体は、鍋やすき焼きを何人かで囲むことが多かったという。

 それがホテルになると、部屋はシングルかツインになり、食事は宴会場でのバイキング形式。メニューも、洋食や中華の焼き物や炒め物が増えていく。私たちの時代は、ホテル側は腕によりをかけた献立にしようと考え、選手も専門のシェフが作った料理を喜んで食べる。だが、どんなに豪華なメニューでも、次第に飽きてくるものだ。最終的には家庭で食べているようなメニューが落ち着くし、夜でも納豆や焼き海苔にご飯と味噌汁がいいという選手が出てきて、どういうメニューにするかホテル側と球団で話し合うこともあった。

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 あくまで食事は自分が食べたい物を、できるだけバランスよく摂るのがいい。私はそう考えているので、監督になってからは、料理の質にしても、品数にしても、ホテル側にはかなりの要望を出した。

 それでも、選手の集まりはよくなかった。球団にもよるが、私は春季キャンプの期間は練習後に選手を解放した。夜間練習やミーティングは行わず、門限も設定しない。つまり、その日の練習を終えたら、翌日の練習開始までは自由ということ。だから、球団が用意した夕食を摂らず、自費で外食をしてもいいのだが、豪華なメニューを揃えているにもかかわらず、宴会場に現れる選手は数えるほどだった。あるいは、宴会場で軽く食べ、すぐに外出していった。

「いまどきの若い子は、外で好きな物を食べるのがいいのかな」

 私がそう言うと、ある球団職員はこう答えた。

「監督、これでもホテルで食べる選手は増えています。以前は誰ひとり来ませんでしたから」