一人前になるには数年はかかると言われているから、これはもはや素人には真似できない「職人技」だ。ところが、出所後にその技術を直接活かせる機会はほとんどないという。
「同じ技術を必要とする職場に受刑者が雇用されたという話は聞いたことがありません。担い手がいないということは雇用する会社がそもそも存在しないのです。あったとしても生産規模が小さく、家族経営が多いので、雇う余裕もないのが実情です」
逆に言えば、技術の担い手が少なく、商売としてはもはや成り立ちにくいため、人件費のかからない刑務作業に委ねられているということだ。少子高齢化に伴った刑務所へのこうした伝承は今後、他の工芸品においても広まっていく可能性があるだろう。
伝統工芸品はほかに、山口刑務所の「萩焼」や岡山刑務所の「備前焼」など、その土地の伝統技法があしらわれた湯飲みやコップが製作され、いずれもその地方の特色が現れている。和歌山や栃木、札幌など女性受刑者だけが対象の刑務所では、洋裁関係の製品が作られているほか、刑期の長短によっても、できる製品は変わってくる。
中でも異色は、北海道の網走刑務所で生まれる和牛だ。
別名「網走監獄和牛」と呼ばれる。同刑務所から約6キロ離れた二見ヶ岡農場の寮に受刑者たちが住み込み、和牛肥育に携わっているのだ。農場は約359ヘクタールで、東京ドーム75個分の広さ。まさしく北海道という広大な大地を生かした刑務作業である。
「和牛の話をすると驚かれるんです」と担当事務官が解説する。
「受刑態度が良好であり、仮釈放の目処が立った受刑者など約20人が寮に泊り込みで働いています。牛の種付けから始め、飼育をして、成長したら農協(JA)に卸します。A5ランクの和牛も出ていて、市場に出回っています」
こうした開放的処遇施設は、二見ヶ岡農場を含めて全国に4カ所ある。愛媛県今治市にある松山刑務所大井造船作業場では、18年に脱走事件が起きた。逃走犯は23日後に逮捕されたが、「塀の中」に比べて受刑者の管理や再発防止策が課題となっている。
「後継者を育てたい」という誇り
特に技術を伴う刑務作業で、単純作業との意識の「格差」が生まれる。
ある元刑務官が、千葉刑務所の作業部門で監督をしていた時のことだ。神輿の修理・製作をする作業班の班長(受刑者の代表)が、「職員と話をさせて欲しい」と許可を願い出て、こう進言してきたという。
「神輿を製作する新規の仕事を取ってきて欲しいです」
元刑務官は「新規の製作の仕事がなく、修理ばかりで悪いなあ」と伝えると、班長からは予想外の言葉が返ってきた。