今年もまた静かな夏が始まろうとしている。

 新型コロナウイルスの影響で昨年に引き続き、日本各地の伝統的な祭りが、中止や規模縮小を余儀なくされたためだ。その風物詩に欠かせないのが、何といってもあの黒光りした神輿である。半被を着た男衆の手によって担がれ、時には激しく揺れ、祭りのシンボルともいえる神々しいまでの存在───。

 全国の祭りで担がれている神輿の一部は、刑務所が「産地」となっているのをご存じだろうか。

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 JR中野駅から北へ15分ほど歩いた平和公園通り沿いに、「キャピックショップなかの」と呼ばれる刑務所作業製品販売店がある。広々とした店内には、受刑者が全国各地の刑務所で製作した小物や家具などが陳列棚に並び、公益財団法人矯正協会が運営している。

刑務所作業製品が販売されているキャピックショップなかの
「キャピックショップなかの」地図

 その店の奥に、スポットライトを浴びた白木神輿が鎮座しているのだ。高さは約1.5メートル。神輿全体に散りばめられた金具が煌びやかに光り、てっぺんに取り付けられた鳳凰の金具は、大きく羽を広げている。屋根からかつぎ棒にかけて結わえられたオレンジ色の飾り紐は、重厚感を漂わせ、プロ顔負けの細やかな仕事が随所に見られる。

刑務所でつくられている神輿

40年以上前から約5200基の神輿が作られている

 日本全国にある刑事施設は現在、75施設。その中でも神輿を製作しているのは千葉、富山両刑務所だけだ。千葉は修理が中心だが、富山は現在も神輿を製作している。品質の高さ、そして市価に比べて手頃な値段が評判を呼び、全国の自治会や企業に納められている。

 富山で神輿の製作が刑務作業に取り入れられたのは昭和53年。法務省矯正局成人矯正課の担当事務官が、その経緯を説明する。

「昭和51年ごろに試作品として考案され、受刑者たちが半年掛けて作ったのが始まりです」

 考案したのは、「作業専門官」と呼ばれる専門職員。受刑者に技術指導をするため、全国の刑事施設に約600人が配属されている。かつての名優、高倉健が2012年公開の映画「あなたへ」の中で演じた役でも登場し、舞台は同じく富山刑務所だった。担当事務官が続ける。

「当初はまさか刑務所で神輿を作っているとは誰も知らなかったため、全く注目されなかったのですが、テレビの報道で取り上げられて以降、試作品数基が完売したと聞き及んでいます」

 やがて自治会や企業からの注文を受け、量産が始まった。ピーク時の平成8年には267基も製作され、これまでの総製作数は約5200基に上る。

 1基の製作期間は4ヶ月から1年程度。製作工程は設計、木を切る、部位の組み立て、塗装、金具の取り付け、最終組み立ての6つに分かれており、設計以外は受刑者がすべて手掛けるという。

「ただし鳳凰のような金具や複雑な飾り紐は外注です。主に木材の部分の組み立て、漆の塗装などですね」

 需要の減少に伴って現在は生産体制が縮小したが、それでも直近は1年間に神輿7基、神輿台車2基が製作された。価格は市価より安く、1基当たり60万~300万円で受注している。