私語禁止を破り懲罰房で「座っているだけ」
日本最大の府中刑務所には現在、約2800人が収容され、罪名別では覚せい剤等の薬物事犯と強盗で8割弱を占める。作業工場は、木工や印刷、洋裁など28工場ある。
起床は午前6時45分。
点呼を終えて朝食を済ませると、作業着に着替え、工場まで行進で移動する。
「作業はじめ!」
という刑務官の掛け声で、受刑者たちは作業に取り掛かる。昼食を挟んで、午後4時40分まで。作業中は、席を離れることも私語も禁止されている。A氏が解説する。
「もししゃべったら『担当台!』とおやじから前に呼び出され、『お前今しゃべっただろ!』と注意されます」
「おやじ」というのは受刑者の間で使われている刑務官の呼称だ。
「そこから取調室で説教されたり、場合によっては懲罰房に入れられることもあります。懲罰房は3畳ぐらいの部屋なんですが、座っているだけで、本も読めないし何もしちゃいけない。これがまた辛いんです」
工場には冷暖房も備わっていないため、夏は汗まみれになり、冬は寒さを堪えながらの作業になる。
「共同部屋に戻るとうちわは使えますが、そんなので解消できないほど暑い。夜なんか汗びっしょりで眠れません。こんな環境だから、仕事の大切さとか生きがいなんて感じるわけがない。そんな意識高い囚人見たことねえ。娑婆に出たらラクしたいんですよ」
続けてA氏はこうも断言する。
「東京の最低賃金は1000円ちょっとでしょ? 刑務作業は1日7時間だから、仮に東京都の最賃に換算すると1日約7000円。それで20日働いたら14万円。だったら生活保護でも同じぐらいの額もらえるからそっちの方がいいじゃんって思います。繰り返すけど、刑務所で勤労意欲なんて芽生えるわけがない」
塀の中であっても娑婆であっても、単純作業はやはり、仕事にやりがいを見出しにくく、徒労感しか残らないかもしれない。だが、技術を伴う作業においては、受刑者たちの意識もまた変わる。
「絶滅危惧種」を支える刑務所
刑務作業で作られる伝統工芸品の中には、「絶滅危惧種」がある。
大阪府堺市に江戸時代から伝わる「緞通」(だんつう)と呼ばれる敷物の手織り技術がそれだ。大阪府の無形民俗文化財に指定されているが、現在、この技術を用いて敷物を作れるのは、堺式手織緞通技術保存協会のほかには、大阪刑務所だけである。前出の担当事務官が語る。
「堺式手織緞通は時代とともに技術保持者がほとんどいなくなったので、保存協会が何とか残したいと、平成6年に大阪刑務所で作り始めたのです。写真を見ながら織機で作るのですが、1時間に5センチしかできないほど時間と手間がかかる作業です」