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 金与正氏が後継者であれば、兄にテープカット用のハサミを手渡したり、兄に渡された花束を脇で受け取るなどという仕事はしないだろう。後継者にふさわしい仕事とは言えないからだ。09年から11年にかけ、後継者として金総書記に同行した金正恩氏の場合、一緒に視察していても、常に父とは別の案内役がつけられていた。これは、「次の指導者」としてのカリスマ作りを意識した行動だった。与正氏が、このような特別扱いを受けている場面は今のところ見られていない。

 今の金与正氏は、後継者でもなんでもなく、北朝鮮という独裁国家を支えるひとつの駒でしかないが、正恩氏にとってかけがえのない人物であることは間違いない。21年1月、朝鮮労働党第8回大会で、金与正氏は政治局員候補から漏れ、ヒラの党中央委員に降格した。これも、見方によっては、与正氏を守ろうとした金正恩氏の愛情の表れとも解釈できる。

 20年6月の南北連絡事務所爆破事件から、世界の視線は金与正氏に集中した。前述したように、与正氏について「目立ちたがり屋だ」と批判する北朝鮮内部の声も漏れ伝わるようになった。男尊女卑の文化が残る北朝鮮のなかで、与正氏が活躍しにくい雰囲気になっていたとも言える。実際、成果を上げていれば、そんな批判も問題ないが、これも前述したように、愛民政治も文化開放も米朝協議も、ことごとく失敗した。与正氏の降格劇は、こうした内外の厳しい視線から妹を安全な場所に逃そうとした兄、正恩氏の愛情の表れではなかったか。実際、与正氏は20年10月10日の軍事パレードでは、いつもやってきた花束の受け取り役を、玄松月氏に譲っている。そうかといって、与正氏は21年1月の党大会で降格した後も、中央委員のなかでは政治局員候補に準ずるような立ち位置を確保していることが、錦繍山太陽宮殿への参拝時の写真などから確認されている。

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商人の大半は女性

 金与正氏は果たして今後、金正恩氏の次の最高指導者になるのだろうか。この問いに最も否定的な反応を示したのが、北朝鮮から逃れた脱北者たちだ。一様に「女性が指導者になることなど、考えられない」と語った。それほど、北朝鮮には男尊女卑の風潮が強く残っている。

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 私はソウル勤務時代、18年12月に北東部の咸鏡北道清津市の市場の様子を撮影した映像を手に入れた。市場には500~1000人の商人が働いているという。露天になっている市場の地面は、どんな天候でも商売ができるようコンクリートで固められていた。基本的に祝日を除いて毎日開かれ、商人が農場などに駆り出される農繁期に営業時間が短くなる程度という。