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 日本の全頭検査のシステムをそのままアメリカの大規模工場に持ち込むことは、不可能とは言わないけれど、ともかく非現実的だと言わざるを得ない。とんでもない数のBSE検査員が必要になるし、検査が終わるまでどうやって何千頭分もの肉や内臓をバラした状態で、それぞれにナンバリングして、待機させればいいのか。管理コストが膨大にかかり過ぎる。

 アメリカの食肉産業は、ここまで巨大化するのに、徹底的にコスト削減を行ってきている。人件費だって例外ではない。

吉野家の牛丼の値段も、この効率主義があってこそ

 北米の大規模屠畜場をフィールドワーク調査した『Slaughterhouse Blues』によれば、60年代後半まで屠畜作業は労働組合も強く、空き待ちのリストに常に人がいたくらい、「割のいい仕事」であったのに、ここ30年の合併、郊外移転、巨大産業化にともない、組合の組織力は弱まり、賃金も安くなり、作業はだれにでもできるように単純、細分化されてしまったのだという。こうした仕事に就くのは、英語のできない、仕事を選ぶ余裕のない移民たちである。

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 というわけで、ギリギリのところで叩き出しているのが、あの吉野家の牛丼の値段なのだと思うと感慨深い。

 作業員の時給を聞くと、どこのセクションも10ドル55セントからはじまるという。時間のシフトは朝6時半から午後3時までと、午後3時半から夜中の12時まで。労働時間はたぶん8時間前後。マクドナルドで働く(テキサスでは時給5ドル15セントらしい)よりは全然高い。最低の賃金というわけではない。しかし、仕事のキツさに比べたら、決して十分な金額とも言えない。ラインの速さは日本の比ではないし、その分仕事は効率重視で、日本の屠畜場のように、少しでも皮を傷つけず、また肉を削って枝肉の目方を減らさないよう、細心の注意を払う「職人技」を大切にする雰囲気は微塵もない。言っちゃ悪いが「切れてりゃいい」という具合である。第一、スピードについていきながら、衛生基準を守るので精いっぱいだろう(完璧に守れているのかも微妙なところだ)。

 夜、バーにお酒を飲みに行ったときに「いとこがエクセルミートで働いてる」というヒスパニックの男性と出会った。彼は「子どもの教育に金がかかる間だけ、我慢して働いてるんだ。早く辞めたがってる」と言った。

 それでも、案内をしてくれたローレンスは、この仕事を愛しているように見えたし、システムすべてに誇りを持って、とても熱心に質問に答えてくれた。ただし、彼は大卒でマネージャー候補として入社してきている。現場研修ですべての工程を体験したというが、低賃金で一生ラインに立ち続ける人間の気持ちがわかるかどうかは、また別の話。