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「キョーッ」ともがく子豚の首をナイフでひと突き…インドネシアで目撃した“豚の丸焼き”調理の一部始終

「キョーッ」ともがく子豚の首をナイフでひと突き…インドネシアで目撃した“豚の丸焼き”調理の一部始終

『世界屠畜紀行』より #1

2021/08/07
note

 地域、宗教、思想、さまざまな要因によって食文化は異なる。それだけに、世界にはあっと驚くような料理、そして調理法が存在する。

 イラストルポライターの内澤旬子氏は世界の屠畜場を訪れ、“動物”が“肉”になるまでの過程、そして、各国の食文化について取材を行い、『世界屠畜紀行』(角川文庫)を上梓した。ここでは同書の一部を抜粋。インドネシア名物・子豚の丸焼きを求め、バリ島で不動産兼観光業を営む徳武実氏とともに調理現場を取材した際の様子を紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)

※本稿は取材時(2000年代前半)の情報をもとに執筆されたものです

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◆◆◆

バビグリン屋の仕事

 さて、一夜明けて2日目。夜中の1時、約束通り、徳武さんが迎えに来た。バリで2番目に大きな市場、パサール・ギャニャールへバビグリン=子豚の丸焼きを作って卸している店を見学に行くのだ。ちなみに〈バビ〉はインドネシア語で豚、〈グリン〉は回すという意味。直訳すると「回転豚」だ。

 豚をつぶす作業は夜中に行うので、1時にはおいでと先方から言われたのだ。ウブドから車で20分くらい、夜の道は暗いし、アップダウンが激しい。まちを外れれば街灯もない。暗くてよくわからないけれど、車は普通の住宅の前で止まった。1時20分。家には明かりがついていない。デワさんが様子を見に塀の間に入っていく。人の気配はない。どうもまだとのこと。

「よくあることでございますね。バリでは」

「ま、時間にルーズなのは、ほかの国でも慣れてますから」

©iStock.com

 エンジンを止めて、道端に座り込んだ。電灯がひとつ、ポツンとついてるだけだ。暗闇の中を放し飼いの犬が20頭くらい走り回っている。暴走族の集会のようだ。解散、集合、喧嘩、交尾、また喧嘩。ずっと繰り返している。うるさいなんてもんじゃない。がう、がう、がう、がががががー。きゃんきゃんきゃーんっ。昼間死んだように道端で寝ている犬とはまるで別の生き物のように、はつらつとしている。食っちゃうぞーっもう。しゃがんだ足がしびれて感覚がなくなってきた。

 2時半、ようやく暗闇の中から1人、自転車に乗った男性登場。家の間の細道に入って行く。

「職人かもしれません。聞いてみましょう」

 徳武さんがデワさんになにごとか言うと、デワさんが細道に走って行った。デワさん、すぐ戻って来る。

「豆腐屋だそうです」

 ……。ああ、朝一番早いのは豆腐屋ってのは、万国共通なのねえ。ここの地区はバビグリン屋と豆腐屋が隣り合っているんか。その隣はなに作ってるんだろう。それにしても遅い。今日はもうやらないなんて言われたら、また別の日に徹夜かあ。とほほほー。

 それから犬の集会を眺めて待つことまた30分、再び自転車に乗った男がたりらーんと闇から登場。今度はパン屋って言うんなら犬の群に飛び込んでやるう。と思ったら、正真正銘のバビグリンの職人だった。彼について細い路地を入り、突きあたりの家に入った。台所は土間になっていて、とても広い。職人は大鍋にお湯を沸かしはじめていた。