脚を縛られて転がっている子豚
横には6畳分くらいの豚置き場。前日に買って来た子豚が6頭、脚を縛られて転がっていた。ときどき「キェーッ」と思い出したように啼いて、じがじがと、もがいている。豚は白と黒のまだら柄で毛が生えている。およそ30キロ。でかいけど、これで3カ月の子豚なんだそうだ。
バビグリン屋の社長のグスティ・アユムラティさんが出て来て、私たちにバリコーヒーを振る舞いながら話してくれた。豚をつぶすことを、インドネシア語で〈ポトンバビ〉という。ポトンは朝4時前後からはじめる。休みはない。グスティさんの家は3代前から続くバビグリン屋で、4兄弟それぞれの家で毎日バビグリンを作り、食堂に運ぶ。1頭でおよそ100食分になるんだそうだ。ここで1日に4、5頭分を作るから、およそ2000人分のバビグリンがパサール(市場)の食堂で消費されることになる。すごい量だ。
豚は1頭およそ35万ルピア(およそ5000円)で買いつけ、バビグリンにして40万ルピアで売る。100人前だから、1食4000ルピアだ。
職人の日給は2万5000ルピア。月収約1万円だ。観光ガイドが月収2万円は稼ぐと言われている。割の良い仕事とは言えない。
ココナツの殻で剃毛
3時40分、いよいよ開始だ。
職人が、2人がかりで豚を段差のあるところに運んで来た。豚を押さえ込み、細長いナイフで首のあたりをひと突き。しかし首といっても猪首っていうくらいだから、どこかわからんのだ。ときどき急所を外すと、豚が「キョーッ」と絶叫してめちゃくちゃ暴れる。あわててぐいぐいとナイフを回す。中の頸動脈を切っているんだろう。大変危険かつ技術を要する瞬間だ。職人もちょっぴり緊張。ぴしゅーと噴き出る血は、盥(たらい)にとって、あとで腸詰にする。
おっとそうだ。徳武さんを振り返る。微妙に後ろに下がってびしっと横を向いている。あ、これなら大丈夫そうかな。