1980年のはじめ、ジャーナリストのゲイ・タリーズ氏のもとに一人の男から奇妙な手紙が届く。男の名はジェラルド・フース。コロラド州でモーテルを経営しており、複数の部屋の天井に自ら通風孔と見せかけた穴を開け、秘かに利用者たちの姿を観察して、日記にまとめているという。
男を訪ねたゲイ・タリーズ氏が屋根裏へと案内され、穴から目撃したのは、全裸の魅力的なカップルがベッドでオーラルセックスにはげむ姿だった――。同氏(訳:白石 朗)による『覗くモーテル 観察日誌』(文春文庫)から一部抜粋し、モーテル客の様子を紹介する。(全2回の1回目/#2を読む)
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モーテル観察スペース
ニューヨークの自宅へ帰って一週間後、ジェラルド・フースから『覗き魔の日記』の最初の19ページが届いた。日記は1966年からはじまっていた。
きょうは、わたしの頭と胸をつねに満たしていた夢がついにかない、実現した一日だ。きょうは〈マナーハウス・モーテル〉を購入し、夢が成就した日だ。ついに、わが胸を焦がしてやまない抑えがたい欲望——他人の生活を覗き見たいという欲望——を満たせるようになる。覗き見したいという強い渇望が、これまでだれも想像すらしなかったような高次元において実現する。これからわたしが〈マナーハウス・モーテル〉の設備にほどこすつもりの改造は、同時代の人々ならせいぜい夢想するだけのものだろう。
しかし、フースがじっさいに屋根裏を“観察スペース”に改造するには、幾多の挫折をくりかえす数カ月の時間が必要だった。『覗き魔の日記』から引用すれば——
1966年11月18日——仕事が大忙しで、興味深い利用客を観察する機会を逃してしまったが、忍耐こそわがモットー、目先の課題を欠陥ひとつ残さず完璧なレベルに仕上げなくてはならない。あしたには、板金業者がわたしの仕様書にあわせた通風孔カバーの試作品を完成させる予定だ。高まる期待に待ちきれない思いだ。いまは機能に問題がなく、わたしの要求にかなう品であることを祈るばかり。
1966年11月19日——通風孔カバーはつかえない! 6号室の天井に穴をあけて通風孔カバーを嵌めこんだが、天井裏の観察スペースにいる妻のドナの姿が見えてしまうときがあった。通風孔カバーをまた業者へもちこみ、前面の小さめのルーバーを切って、光をうまくそらすことを念頭に計算された角度に曲げてもらわなくては。
1966年11月20日——板金業者は、わたしが室内にこもる熱をうまく逃がすような通風孔カバーをつくりたがっていると思っているらしい。大笑いだ! あの手の週40時間労働に従事する単細胞労働者ときたら、たとえ種明かしをされても、わたしがなにをしているのかを見通すほどの知能もないにちがいない。この通風孔カバーをつくりなおすために出費を強いられる。しかし、どれだけ金がかかっても完成させなくては。