1980年のはじめ、ジャーナリストのゲイ・タリーズ氏のもとに、ある男から一枚の手紙が届いた。その男の名はジェラルド・フース。コロラド州でモーテル経営し、屋根裏の覗き穴から密かに利用者を観察し、日記にまとめているという。
フースは、客のセックスや会話を聞く中で、ある悪趣味な実験を思いついたーー。ゲイ・タリーズ氏(訳:白石 朗)による『覗くモーテル 観察日誌』(文春文庫)から一部抜粋し、フースが行なった実験を紹介する。(全2回の1回目/#1を読む)
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30代の労働者階級の白人カップル
長い歳月にわたって書きつづけられたせいで、ジェラルド・フースの日記は観察用通風孔から見えた社会パターンの変化を反映しているだけではなく、同時に人口動態の変化をも反映していた。1960年代から80年代にかけて、コロラド州の人口は65パーセント増えた。新しい州民が100万人以上も増えたわけであり、なかには〈マナーハウス・モーテル〉を通りすぎていった者もいた。そんな人々がつねに歓迎されたわけではない。
ともに30代の労働者階級の白人カップル。古いセダンにレンタカーの〈Uホール〉で借りたトレーラーハウスをつないでシカゴから到着し、一週間の連泊を希望。男性は身長180センチ強で体重は約85キロ。女性は身長175センチ、スリムで平均的な顔だちのもちぬし。どちらもおしゃべりで、とりわけ男性のほうはこの地域で仕事を見つけ、ゆくゆくはこのあたりに住みつきたいという希望をさかんに口にしていた。
一週間のあいだ、わたしはたびたびふたりを観察した。ふたりの仕事さがしと家さがしは難航していた。性生活は存在しないも同然だった。夫が迫ると妻は抵抗し、そればかりか棘のある言葉を口にした。仕事さがしに本腰を入れていない、ともいっていた。
夫はおりおりにオフィスへやってきて、自分のかかえている問題をわたし相手に話していった。しかしそういったときの男の口ぶりは、わたしが観察スペースから覗き見たときの態度、つまり本物の絶望にとらわれていた態度とは風向きが異なっていた。わたしを相手にしているときには、先行きが明るいと話していたのだ。一週間がおわりに近づいて部屋代を支払う段になると、男は三日間の延泊を申しでて、シカゴから小切手が送られてくることになっていると話した。わたしは男の立場に同情し、この要望を受けいれた。
あくる日の屋根裏からの観察のあいだ、わたしは男がこんな話をしているのをきいてしまった。「オフィスの間抜け男、シカゴからじきに小切手が来るって話を信じてたぞ。オマハのモーテルでつかった手をここでもつかって、あいつにひと泡吹かせればいい」