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source : 文春文庫

genre : ライフ, 読書, ヘルス, 人生相談

カップルのベッドシーン

【行動】午後7時、わたし自身がこのカップルに10号室を割り当てた。カップルの男がチェックイン手続をおこなったが、そのときこの男が上品であることに気づき、これなら第一号とするにふさわしい特質をそなえた完璧な観察対象になると考えたのだ。チェックイン手続がおわると、わたしはすぐに観察用通路へとむかった。わが最初の対象を観察するにあたって、その第一歩が対象者の入室シーンになったのは喜びに堪えない。対象者2名が視野にはいってきた——期待していたとおり、はっきり見えたことはすばらしい。わが偉業の達成に、わたしは権力を手中におさめた感覚と歓喜を味わった。他人がせいぜい夢想するだけの偉業を成し遂げたと思うと、自分が他者よりも優位に立っている知性ある者だという思いで頭がいっぱいになった。人間には一度きりの人生しかない。わたしはそのなかで脇目をふらずに努力し、夢を成就させたのである。

 観察スペースから通風孔カバーごしに見下ろすと、客室全体が見えていた。うれしかったのはバスルームが見えたことだ——シンクも便器もバスタブも一望できる。見晴らしのよさは、わが期待を上まわっていた。15センチ×35センチの通風孔カバーの客室天井側は、室内とおなじ色に塗ってある。おそらく利用客は暖房の吹出口か換気のための排気孔だと思うはずだ。そのためにあつらえた背景に、通風孔カバーは違和感なく完全に溶けこんでいる。

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 観察対象2名が下に見えていた。彼らのために特別にしつらえられたステージで、こけら落としの演技を披露するにふさわしいカップルであることに疑問の余地はなかった。このふたりのあとにも、まだ多くのカップルがつづくだろうし、わたしはその観客になる。ドアを閉めてバスルームをつかったあと、女は鏡の前にすわり、白髪が増えていると口にした。男の方は棘のある態度で、どうやら会社に命じられたデンヴァーでの仕事に不満があるようだった。夜になってもなにごともなかったが、8時半になると、女がようやく服を脱いで、美しい裸身をあらわにした——わずかに肉づきがよすぎたが、それでも充分な性的魅力をそなえていた。女がベッドで隣に横たわっても、男はさして興味を示さず、次から次へとタバコを吸いながらテレビを見つづけていた。やがてキスをして女の体をまさぐるうちに、男はあっというまに勃起し、前戯もそこそこに上になって正常位で挿入、ほぼ5分後にオーガズムに達した。女はオーガズムに達せず、即座にバスルームへ行って精液を洗い流した。ついでふたりは部屋の明かりとテレビを消し、ひとことの挨拶も会話もないまま眠りについた。