「いきなり年寄りでごめんなさい」
「会話をスタートする前に、私から一つ、アドバイスがあります」
スタッフが少しトーンを上げた。
「今日はできるだけ多くの人と連絡先を交換しましょう。ただ話をするだけでは何も生まれません。連絡先がわかれば、後日アプローチできます。お友だちを紹介し合うこともできます。初対面の相手に連絡先を教えるのはご不安でしょう。特に女性は躊躇して当然です。でも、皆さんは大人です。よほど嫌な相手でない限り、教えましょう。もし後で何か問題が起きたら、たとえば交際を断ったのにしつこく連絡がきたり、何かの営業をしかけられたりした場合は、弊社に連絡をください。責任をもって対処します」
きっぱりと言った。
「では、さっそくお隣のかたと会話をスタートしてください!」
その合図で男女全員があらかじめ記入していたプロフィールを交換し、会話を始めた。車内が一気ににぎやかになる。最初の相手は隣のクララ、28歳だった。
「いきなり年寄りでごめんなさい」
卑屈だと思ったけれど、最初から謝っておいたほうがいい。
「いえ、年上のかたに興味があります。父親より若ければ交際範囲内です」
社交辞令だとしてもうれしい。
「お父様はおいくつですか?」
「59歳です」
ちょっと安心する。
「よかった。僕より上です。ちなみにお母様は?」
「50です」
聞かなければよかった。
「私、何年も男性とお付き合いしていません。職場はコールセンターで、フロアの9割以上は女性です。ふだんの暮らしではまったく出会いがないんですよ」
彼女は専業主婦になりたいという。同世代の男と結婚したら、共働きは避けられない。年上ならば多くの場合自分よりも収入は多い。家庭で子育てに専念できるかもしれない。だから、婚活市場で有利な年齢のうちに相手を見つけたいそうだ。
バスツアーの長所は
バスは海を渡り、房総半島に上陸し、内陸へ入っていく。その間も相手を替えながらお見合いは進む。女性参加者は全員年下だが、会話を続けるうちに相手との年齢差は意識しなくなっていた。通常の婚活パーティーは、年齢によって細分化されている。50代が20代と会話できるケースはまずない。一方、まる一日かけて行う婚活バスツアーは当然、開催本数は少なく、年齢枠の分け方も大雑把だ。その結果、20代も50代も同じバスに乗せてしまう。若い女性と知り合いたい男に向いている企画だろう。
それに、婚活バスツアー参加者は時間とお金をかけている。参加者の真剣度が高い。実際、会話をしたほとんどの女性に好印象をもった。
房総のリゾートホテル内のチャイニーズレストランでランチをとるころにはすでに女性全員と会話を終え、男性の何人かとはサービスエリアでコミュニケーションをとっているので、全体的になんとなく同志的な空気になっていた。
しかもいちご狩りそのものも楽しい。新鮮ないちごを好きなだけ食べられる。