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小田嶋のスーツケース

 捜査本部は小田嶋の逮捕容疑を「窃盗罪」に切り替えた。窃盗罪なら20日の勾留期間を取れる。勝負はこれからだ──。

 11月16日、事態はいきなり動いた。北海道警旭川方面本部から1本の電話が入ったのだ。

「小田嶋からスーツケースを預かっていた女性が当方に任意提出してきました。中身は札束です!」

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 届け人は小田嶋の高校の同級生だった。西村が失踪してから4カ月後、小田嶋は同級生の元を訪ねスーツケースを預けていた。同級生はテレビ報道で小田嶋の逮捕を知り、届け出たのだという。

「伝説の刑事」と呼ばれた大峯泰廣氏 ©末永裕樹/文藝春秋

 大峯は取調室に戻ると、厳しく問い詰めた。

――小田嶋! 旭川の高校時代の同級生が警察に届け出たぞ。おまえの頼んだスーツケースをな。

「………」

――金があったよ。2億8000万円もな。おまえ仕事もしてないのに、なんでこんな大金持っているんだよ。仕事もしてないくせに。

「黙秘します……」

――西村が顧客から集めたときのままの状態なんだよ。現金は。みんなビニールパックされていてな。なんでお前が西村の集めた金を持っているんだよ!

「……黙秘します」

 小田嶋はどこまでもシラを切り通そうとする。

 この20日内で目の前の詐欺師を落とさなければいけない。取り逃がす訳にはいかなかった。

「共犯の可能性がある。逃げられたらどうするんだ!」

 もう1つの取調室前では、2人の男の揉め事が起きていた。

 市原と久保正行管理官が口論を繰り広げていたのだ。

「下川を抱っこしろ。甘い調べをするな!」

 久保管理官が命令調で迫る。“キツネ眼の男”に似た風貌を持つ久保は、とにかく現場に対して強権的な態度で指示を出してくることで有名だった。しかも指示のほとんどは机上の空論であったり、感情論であることも多かった。捜査の邪魔でしかない、と彼を嫌う捜査員も少なくない。

「その必要はないですよ」

「共犯の可能性がある。逃げられたらどうするんだ!」

「それはないですよ!」

 市原はムキになって反論していた。

 愛人の下川は市原が引き続き取調べていた。解決を焦る久保管理官は何かと現場に口を出そうとする。管理官は捜査一課において、課長、理事官に次ぐナンバー3のポストだ。実質的な捜査責任者ともいえる。

 市原は丁寧に下川との人間関係を築き上げていた。「抱っこしろ」とは、下川をホテルなどに住まわせ警察の監視下に置けという意味だ。ここで突然態度を変えるのは下川の信頼を損なう、決して得策ではないと市原は考えた。寺尾が仲裁に入り、「市原が大丈夫というなら自宅に帰そう」と取りなした。