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「さっちゃん」との信頼関係
市原の回想。
「刑事はみな寺尾さんを怖れていたけれど、その懐の深さに本当に助けられました。下川は律儀な娘で、毎日朝9時に取調べにきちんと来てくれました。ナンバープレートの窃盗を供述するなど、少しずつ重要な証言もし始めていた。いつからか私は彼女のことを、親しみを込めて『さっちゃん』と呼ぶようになっていました。彼女とは信頼関係ができたという感触がありましたし、その筋を通さないといけないという気持ちもあった」
刑事の情は徐々に愛人の心を開かせていった。ある日、下川は新しい重要な供述を始める。事件はここから急展開を見せることになった。
「市原さん! 私、違うことを思い出しました。小田嶋さんが、会社の社員と肝試しをするから下見に行くと言って、誰もいない山中に連れていかれました。白い布か何かで印をつけていました」
市原は飛び上がりそうになった。小田嶋は仕事をしていない。会社で肝試しなんて大ウソだ。
――さっちゃん! その場所を思い出せるかい!
「うーん。行けばわかるかもしれない。そういえば小田嶋さんの小型リュックにロープとナイフが入っているのを見たこともあります」
――明日一緒に行こう!
「はあい」
下川はいつもの間延びした返事をした。本人はいたって真面目、不思議なペースを持った女性だった。