だが、アメリカでは1000万人以上が汚染された水を飲んだと報じられ、社会的な問題になっている。ヨーロッパでも、PFOSやPFOAだけでなく、総称してPFASと呼ばれる有機フッ素化合物をどれも使わないとする潮流が生まれている、という。
PFOS汚染は東京でも起きていた
中学・高校時代を通して、私は化学の試験でまともな点を取った記憶がない。元素記号の暗記さえおぼつかず、化学式は「H2O」がせいぜい。それより長いと頭に入らなかった。
そんな私が、アルファベットの並んだ未知の物質を追いかけてみようと思ったのは、河村が別れ際に口にした言葉が頭から離れなかったからだ。
「PFOSが21世紀の枯れ葉剤にならないといいけど……」
2019年春、私は本格的な取材に取りかかった。
焦点を定めたのは、オリンピック開催地でもある東京にある横田基地だ。アメリカ本土や沖縄の米軍基地がすでに汚染源となっているのであれば、同じことが起きていても不思議ではない。
調べてみると、東京・多摩地区では、飲み水の水源に地下水が使われていた。しかも、2000年代はじめに多摩川から高い濃度のPFOSが検出され、多摩地区が発生源の可能性が高いとする研究報告が出ていた。
都民の飲み水をあずかる東京都水道局が実態を把握していないはずはない。
そう考え、東京の多摩地区で2000年以降、取水停止になった井戸についての情報を公開するよう東京都に求めたところ、驚くような情報が明かされた。
2019年6月、多摩地区にある3カ所の浄水所で、水源となる地下水から高濃度のPFOSが検出されたため、取水を止めていたのだ。開示請求の1カ月あまり前のことだった。
過去8年間、府中武蔵台(府中市)と東恋ケ窪(国分寺市)の両浄水所で、水1リットルあたりPFOSとPFOAを合わせた年間の最大値は114~397ナノグラム。現在の環境省の指針値と比べると2.3~8倍の高さだ。また、国立中浄水所でも比較的高かった。
ただしこの時点では、水道水も含めた水質管理の目安となる値は国内になく、水道局は取水停止や水質調査結果について公表していない。
ちなみに、ナノは1グラムの10億分の1で、プールに塩を2、3粒混ぜたほどの微量という。逆にいえば、有機フッ素化合物はそれだけ毒性が強い。
東京都は水質を調べていた。そして、PFOS汚染は東京でも起きていた。
PFOSは2009年に、残留性のある有害物質について検討する国連ストックホルム条約会議で規制され、国内では2010年に製造・使用が禁止された。それから10年近くたっても濃度が高いということは、土壌を通して少しずつ地下水に浸透しているのだろう。
ある組織とは
汚染源を探ろうと、いくつかの単語を組み合わせて検索すると、ある組織の名前が頻繁に出てくることに気がついた。
「東京都環境科学研究所」(以下、都環研)。
ホームページを見ると、1968年に東京都公害研究所として設立された公的試験研究機関で、のちに公益財団法人「東京都環境公社」の傘下に入っている。東京都の環境政策のシンクタンクのような存在のようだ。