ごみを捨てても、壁を壊しても、もと通りにする必要はない。騒いでも、火事や事故を起こしても、まず責任は問われない。それでも、追い出されることはない――。
これほどのやりたい放題が許される契約を結ぶとしたら、アパートの部屋を貸そうとする家主は現れないだろう。
だが、そのありえない家主こそ、在日米軍に基地を提供している日本政府の姿なのだ、と沖縄選出の衆院議員、屋良朝博は言う。
「沖縄や東京の米軍基地で飲み水や地下水の汚染が見つかっても、事実上、放置されているのは日米地位協定のためです」
日米地位協定は、日米安全保障条約に基づいて駐留する米軍の基地使用について定めているが、環境に直接かかわる条項はない。
ただ、基地による環境汚染が繰り返されるため、2015年、環境補足協定が結ばれた。汚染があった場合に基地内に立ち入り、調査をできる仕組みが盛り込まれた。岸田文雄外相(当時)は「従来の運用改善とは異なり、歴史的な意義がある」と胸を張った。1960年以来、地位協定にからんで法的拘束力のある約束が結ばれたのは初めてだった。
環境補足協定第4条が基地内での調査を阻む
しかし、実態はほとんど変わらなかった。
有機フッ素化合物のPFOS(ペルフルオロオクタンスルホン酸)やPFOA(ペルフルオロオクタン酸)による水質汚染が見つかった沖縄の嘉手納基地では、記録の残る2014年度以降、基地内にある井戸から、環境省の指針値の16倍を超える値が検出されている。
それでも、米軍は嘉手納基地が汚染源と認めず、防衛省や沖縄県はいまだに基地内での調査ができていない。その理由を、屋良はこう説明する。
「環境補足協定には、日米間の取り決めが実質的に機能できないよう、ある条件が定められているんです」
それが、基地内の立ち入りが認められる場合について定めた第4条だという。
〈環境に影響を及ぼす事故(漏出)が現に発生した場合〉
つまり、調査が認められるのは、まさに目の前で有害物質が漏れ出ているときに限られているのだ。過去に引き起こされた汚染が明らかになっても対象とはならない。
このため、環境補足協定が結ばれてから6年間で、立ち入り調査が実現したのは沖縄での2件にとどまる。
昨年4月、普天間飛行場(宜野湾市)で、コロナ禍によるストレス発散のために米兵たちがバーベキューをしていると、近くの格納庫のセンサーが反応して泡消火剤が噴出した。綿菓子のような白い泡は基地外へ舞い出ると道路上を漂い、保育園の園庭をかすめ、近くの川面を白く覆った。多くの市民が現在進行形で目撃した事故で、初めて立ち入り調査が認められたのだった。