思い入れのあるモノを大切に長く使うという価値観は、商品の飽和する現代社会とは相性が悪い。2年契約の更新と同時に買い換えられるスマートフォンを筆頭に、年々モデルチェンジを繰り返す電化製品は、新しければそれだけ生活の質を向上させてくれる。
自動車もその例外ではない。近年では、残価設定型ローンやサブスクリプションといった購入形態が普及しはじめ、3年~5年での乗り換えも珍しくなくなった。
しかし一方で、自動車は旅行やデートをはじめ「特別な記憶」と結びつきやすく、本人にとって「移動手段以上の意味」を担うこともある。「最新こそ正義」とされる工業製品の世界において、替えのきかない「思い出」や「憧れ」が個人的な価値を形成するのである。
最近では女優の伊藤かずえ氏が、30年間乗った初代シーマをレストアに出し、SNSを中心に話題を呼んだ。こうした「モノへの思い入れ」が世の関心を集めたという事実は、現代においてもなお「新しいだけが価値ではない」という観点が残されていることを示しているだろう。
とはいえ当然、古くなればそれだけ不調や不具合も多くなる。レストアしたからといって、数十年も前の車を、現代においてストレスなく動かせるものなのだろうか。
こうしたレストアの実情について専門家に話を聞くべく、東京都江戸川区でレストア業を営む「有限会社スターロード」の井上代表のもとを訪れた。同社は「ハコスカ」や「ケンメリ」、「S30Z」など、60年代~70年代の日産スポーツ系車種を専門に扱う老舗ショップである。
そもそも「レストア」って?
まずそもそも、「レストア」とは具体的にどのような作業を指すのか。厳密に定義はできないが、「修理」が特定箇所を直すというニュアンスを持つのに対し、「レストア」は経年劣化した車を全面的に修繕することを指している。ボディからエンジン、駆動系や足回り、さらには内装に至るまで、常用に足る水準へと復元する大がかりな作業である。
しかし問題は、この「常用に足る水準」をどのラインに設定するか、ということだ。
「ちゃんとやろうとすれば原価も時間もものすごくかかるよ。もちろん値段も高くなる」
無数の部品を一旦すべて取り外し、ボディを成形・溶接したうえで、エンジンから内装まで分解しながらリフレッシュしていく。気の遠くなる作業を考えれば、「レストア済」として売り出されている車両の価格にも納得がいくだろう。