少し前までの泊まりの仕事では、添乗員のサインで十分であった。何のサインかというと、ドライバーが酒を吞んでいないという証明であった。
バスの出発前に改まった顔でドライバーに、「梅村さん、よろしくね」とたのまれれば、「よろしく」するしかなかった。そんな時代が懐かしい。年を追って世の中の変化のスピードが、加速している。
そういう風潮のもと、添乗業務を生業としている身としては、ひじょうに気になるトラブル記事を業界誌で目にした。以下はその事例である。
苦情も世につれ
「旅行会社A社の国内バスツアーに参加した田口さん(仮名)。バスでの移動中に携帯電話で長時間通話している人がいたため、添乗員の携帯にショートメッセージを送り、注意するよう促しましたが、添乗員はメールに全く気づかず返信もありません。田口さんは不愉快な思いをした精神的慰謝料を、A社に請求しています」(『週刊トラベルジャーナル』2020年4月13日号「トラブル処方箋」)
記事には「消費者の不満」、「旅行会社の言い分」、そして中立的な立場からの「弁護士の処方箋」が載っていた。
弁護士の判断は、添乗員には「全員が揃っているバスの車内で旅行者のメールに応対する義務はない」であった。また旅行会社は、「観光内容には支障はなかったので、慰謝料の支払いは致しかねる」とのこと。しかし「当該添乗員には厳重に注意しておいた」そうである。
他人ごとではない事例である。不特定多数が乗車するツアーのバス内では、周囲のことを考えず、迷惑行為をする人が時折いる。
迷惑な人に直接注意すると、さらなるトラブルに発展することもある。そこでそういう場合は、サービスエリアでの休憩時などに、添乗員に相談してくるケースが多い。今までの私の経験では、そうであった。
ところが週刊誌の事例は、メールでの相談である。私もメールに気づかず、結果的に無視したということで訴えられ、旅行会社から「厳重に注意」を受ける可能性が、なきにしもあらずである。
そういう事例が現に記事になっているということは、今後はクレームも時代の流れに沿って、複雑な様相をおびてくるということを示唆している。
個人的にはそのような社会の変容には、ついて行くことができない。そしてでき得る限り、ついて行くつもりもない。