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 回答書をめぐる交渉が続くなか、統括チーフ・プロデューサーが7月23日、日本郵政本社での交渉の場で「番組制作と経営は分離しているため、NHK会長は番組制作に関与しない」という趣旨の発言をした。会長名では回答できないことを受け入れさせるための口実だったとみられるが、相手が悪すぎた。NHKの仕組みを熟知する旧郵政キャリア官僚には、新たな「攻撃材料」にしか映らなかった。

 郵政側は回答書だけでなく、取材申し入れ書も受け取ろうとしなかった。その際、郵政側の広報担当者はこんなことも言っていた。

「こちらが先に動画の削除と会長名の文書を求めているのに、それが終わらないうちに、取材を申し入れてくるのは筋がおかしい」

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「動画の削除と会長名の回答なしに、取材交渉のスタートラインには立てない」

 番組側は「取材の申し入れ書を見るだけ見てほしい」と打診していたが、日本郵便広報部長が「ここまで来ると、プライドの問題だ」とまで言い出し、動画の削除と会長名の回答にこだわり続けた。

 放送予定日まで2週間を切った7月30日。郵政側はようやく取材申し入れ書だけはメールで受け取った。その際、現場の番組ディレクターが「取材を受けてくれれば、動画は削除する」と日本郵便広報部長に電話で伝える一幕があった。放送ができるかどうかの局面で切ったぎりぎりのカードだったが、新たな攻撃材料を手にしていた郵政側にとって、譲歩する理由はなかった。

NHK放送センター(東京都渋谷区) ©iStock.com

放送の見送り、動画の削除

 日本郵政とかんぽ生命、日本郵便の3社長は連名で2018年8月2日、NHK会長に2度目の抗議文を送りつけた。やり玉に挙げたのは、統括チーフ・プロデューサーの「会長は番組制作に関与しない」という一言だ。

 2度目の文書で、郵政側は「NHKの番組制作・編集の最終責任者は会長であることは放送法上明らか」と指摘。統括チーフ・プロデューサーの発言は「NHKのガバナンスが全く利いていないことの証左」だと唱え、従来からの動画の削除要求に上乗せして、ガバナンスについての説明や改善措置を要求し始めた。

 番組の現場には、抗議文が届く前日の8月1日には「放送見送り」の決定が伝えられた。抗議文が届くことは、事前に郵政側から伝えられていた。

 放送を見送る理由は、(1)前回放送から深化した取材になっていない、(2)郵政グループのインタビューが撮れていないためフェアネスを担保できない、(3)ショート動画を先方に事前通告しなかった落ち度がNHKにある、などと整理された。現場に不満はなくはなかったが、「放送中止ではなく延期」とされたことでやむなしと受け入れられた。

 抗議文が届いた翌日の8月3日。NHKは2本の動画を郵政側の要求どおりに削除した。理由は「『広く意見を募る』という役割を終えたという判断」と整理された。