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海堂尊×阪本順治「革命家ゲバラの存在を通じて、日本人に伝えたいこと」

『ゲバラ漂流 ポーラースター』(海堂 尊 著)刊行記念対談

note

ゲバラが日系の青年に自らの名を与えた理由

『ポーラースター ゲバラ覚醒』(海堂 尊 著)

阪本 海堂さんがゲバラを描くにあたって、医師という共通点はきっかけの一つだったでしょうか。

海堂 直接のきっかけではないですが、医学生時代に古本で『チェ・ゲバラ伝』を読んでいたんです。そのときに「魅かれた」ということは覚えていますね。映画の主人公・フレディも医学生でしたね。

阪本 映画の原案となった『チェ・ゲバラと共に戦ったある日系二世の生涯――革命に生きた侍』の著者の一人であるフレディの姉に取材したときに、「医師になって人を助けるつもりだった弟が、聴診器を手放して、銃を手にして人を殺めるのか」という葛藤に苦しんだとおっしゃっていました。

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海堂 その本を拝読しましたが、ゲバラがフレディに、自身の本名である「エルネスト」という戦士名を与えたことが興味深かったですね。ゲバラは、フレディが持つ純粋さ、ストイックさを見抜き、彼をある種の後継者だと考えていたんだと思います。

阪本 ゲバラもフレディも根底には、医師として中南米にある医療格差をなくしたいという思いがあったんでしょうね。その延長線上に、「ラテンアメリカは一つの祖国である」というゲバラの考えがあると思うんです。 

 海堂さんは、現代の日本人に向けて、ゲバラを描く、ということをどう捉えていますか?

さかもとじゅんじ/1958年大阪府生まれ。89年『どついたるねん』で監督デビュー、芸術選奨文部大臣新人賞他、2000年『顔』で日本アカデミー賞最優秀監督賞他受賞。『ジョーのあした――辰吉丈一郎との20年』等監督作多数。©末永裕樹/文藝春秋

海堂 『ポーラースター』は、50年も前の、地球の真裏の中南米が舞台ですが、実は現代の私たちが置かれている状況と似ていると思うんです。独裁的な政治家が登場して、アメリカの言いなりになり、その後、一般庶民を圧する“弾圧”が暴力的なかたちになっていないところが日本の救いだと思いますが、ひとつタガが外れるとそうなってしまう危険がある。この境界線は紙一重です。今回の小説は、現代の日本への“ワクチン”になると思っています。

 こういう社会情勢の中で、映画『エルネスト』が公開されたのは、意義のあることだと私は思っています。

阪本 無名の日系人を主人公にした映画ですから、大ヒットというわけにはいかないんですけれどね(笑)。

海堂 そこに、旗が立っていることが大切なんです。『エルネスト』は時を経るほど価値が増していく映画だと思います。なぜなら、確固たるものがある作品だからです。

阪本 光栄です。自分の映画について、自ら語ることは忸怩たる思いがあるんですが、ゲバラに惹かれたものとして、この映画については、いろんな機会に語っていかなくてはだめだと思っているんです。例えば、キューバ危機と北朝鮮のミサイル問題が、同列に語られることに違和感がありますね。キューバ危機というのは、アメリカ、ソビエト連邦(当時)両国が、実際に発射できる状態の核爆弾を持っていて、そのカードを切る寸前だったということ。キューバという国の頭上で、米ソがやったことが、いかにキューバ国民を馬鹿にしたものであったか。

『エルネスト』©2017 "ERNESTO" FILM PARTNERS.

トランプはここでも……キューバ人の複雑な変化

阪本 取材でキューバを何度か訪れたということですが、現在のキューバにおけるゲバラをどう感じましたか?

海堂 私は2011年に、テレビ番組の収録でキューバを訪れて、今年7月にも取材で行ったのですが、この6年間で、ゲバラに対する意識が変わってきた、と感じました。

阪本 2016年11月に、フィデル・カストロが亡くなった影響が大きいですよね。

海堂 おっしゃる通りで、キューバ国民はずっとカストロという存在を意識せざるを得なかった。カストロが尊敬しているからこその英雄ゲバラ、という意味合いもあったと思うんです。最大の理解者がこの世を去ったことで、ゲバラをめぐる熱狂にも変化が出てきていますね。ただ、没後五十年たっているわけで、その間の、世界の激動を考えると当然のことかもしれないですが。

阪本 現在のキューバは、まさに激動のど真ん中です。キューバ革命を含めてもう一度、歴史をおさらいしようという空気もあれば、オバマ大統領(当時)がキューバを訪問し、国交回復へと舵を切ったことでマクドナルドでハンバーガーを食べてみたいという若者もいる、また、革命時代を知るおじいちゃんが、「そんなものは作らせない」というような――三者三様の雰囲気でしたね。ただ、「経済的困窮から脱却できるのであれば、アメリカと付き合っていこう」となった直後に、トランプ大統領が誕生したことで、キューバは揺れ動いていますね。

カストロとゲバラ。1960年。©getty