文春オンライン

2021/08/27

 全国屈指の強豪チームである。練習は厳しかった。それに加えて、重圧もあった。中村は「背番号20」を着け、1年生のときから上級生に交じってプレーしていたのだ。

「あの頃が一番しんどかったですね。体の面もですが、ずっと試合に出るプレッシャーが凄かったです。とてもキツくて、耐えられないんじゃないかと思ったこともありました」

 そんな1年生の支えは、シオダスポーツの担当として広陵高校のグランドに出入りするスエさんだった。ミットの修理など、ちょっとした時間に話を聞いてもらった。これが大きかった。

「スエさんが『どうなんや?』なんて声をかけてくれて、これが本当に心の支えになりました。小学校時代から知ってくれている人が身近にいてくれる。しかも1年生でしたから、この存在は大きかったです」

 スエさんは、あのころの中村の笑顔を忘れない。

「最初は『しんどいしんどい』と言っていましたが、少しすれば『どうにかなるっす』『大丈夫っす』と前を向いていました。そういえば、めちゃめちゃ明るくて泣き言を言わない男でした」

「あの夏の活躍は私もびっくりしましたよ」

 そのうちに、中村の「目つきが変わった」。チームを引っ張るようになり、長打と強肩で注目を集めるようになり、3年夏の甲子園1大会6本塁打である。

「あの夏の活躍は私もびっくりしましたよ。どんどん体が大きくなり、オーラも大きくなり。なんかやるぞ、なんかやるぞ。そんな雰囲気になり、甲子園での6本塁打です」

 スエさんからすれば「存在が遠くなる」ような気もしたが、全くの杞憂だった。

「それが、甲子園から戻ってきたら、いつもの彼なんです。まったくフツウでした」

 中村は道具を大事にする選手である。スパイクもミットも、何度も何度も修理して使ってきた。

 ミットの修理。スエさんが強くしていたのは、道具だけではなかった。未来あるスラッガーの心にも栄養分を与えていたのかもしれない。

 今、中村は、捕手だけでなく外野にもチャレンジしている。俊足・強肩の資質を生かしたチャレンジである。本人もポジティブなら、スエさんの声も明るい。

「私らが言うことはないですが、それで少しでも試合で元気な姿が多く見られるなら、いいことですよ」

 夏の甲子園もいよいよ大詰めである。球児の数だけ、支える人がいる。周囲のほんの一言が若者に勇気を与えることもある。野球の魅力はグランドの隅々にまで詰まっている。2人の明るい声は、野球の魅力を何倍にもしてくれる。

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