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特集観る将棋、読む将棋

2021/07/24

中原―米長戦でも、一度も実現していない

 升田は十段戦でフルセットまで持ち込んだが、最後の壁を抜けなかった。そして、大山は棋聖戦第2局の直後に二上達也九段との王将戦七番勝負も始まっている。こちらはストレートで二上を破り、五冠復帰を果たした。この間、トーナメント棋戦も3局指して1勝2敗と、さすがに全勝とはいかなかったが、大山全盛期のタイトル戦における強さは類を見ないレベルであっただろう。

 その後、ダブルヘッダーは65年度の大山―二上戦と、71年度の大山―中原誠十六世名人戦の2例があるが、それを最後にしばらく行われなかった。将棋界の同一カード通算最多対局数を誇る中原―米長邦雄永世棋聖戦でも、一度も実現していないのだ(中原―米長によるタイトル戦の連戦は数多くあるが、先に行われた番勝負が未決着のまま別棋戦の番勝負が始まるという例はなかった)。

 ほぼ20年ぶりに実現したタイトル戦のダブルヘッダーが、1992年度の谷川浩司九段―郷田真隆九段戦である。谷川が持つ棋聖と王位に、当時四段の郷田が連続して挑戦した。結果は棋聖こそ谷川が防衛するも、王位は郷田が奪取。四段がタイトル保持者となるのは史上初の快挙で、そして規約が変わった現在(タイトル挑戦の時点で五段昇段となる)では、実現不可能な記録である。

1年間に23局も指した羽生と谷川

 1990年代の半ばから、本格的な羽生善治九段の時代が始まるが、意外なことに羽生のダブルヘッダーはしばらく実現していない。打倒羽生を目指す数多くの棋士が相次いで番勝負に登場を果たしたからである。そしてそのすべてを打ち破って七冠制覇を実現した羽生が、当時の棋士の中ではどれだけ図抜けていたかということにもなるであろう。

これまで同一対戦カード歴代2位となる168局を戦ってきた羽生善治九段と谷川浩司九段(写真は2019年の王位戦挑戦者決定リーグにて) ©文藝春秋

 羽生初のダブルヘッダーは2000年度、棋聖戦と王位戦で谷川と戦ったシリーズである。結果はいずれもフルセットで羽生が勝利した。この年度の両者は他に王将戦でもタイトル戦を戦っているが(4勝1敗で羽生が防衛)、トータルでは23局(羽生の16勝7敗)も指している。これは単年度における同一カード数の最多タイ記録だ。

 00年度の羽生は89局・68勝の不滅ともいわれる年間最多対局と最多勝利を達成しているが、この年の谷川は78局・51勝で、いずれも羽生に次ぐ2位だ。年間78局は、将棋大賞の最多対局賞を受賞できなかった対局数としては最多の数字である。

 そもそも01年以降の最多対局賞で、78局を超えたのはただの1度しかない。そう考えると00年度の谷川がどれだけ勝ってきたか、そしてそれを上回る羽生がどれだけすごかったかということもわかろうというものだ。

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