文春オンライン

「誰が決めたんじゃあ!」 頑固者・菅原文太が撮影に向かう新幹線内で起こした“うどん騒動”の一部始終

『仁義なき戦い 菅原文太伝』より #1

2021/08/03
note

背中には、主役は俺だぜという気構えが漂っていた

 連日の深夜撮影で、誰もが疲れている。梅宮が怒るのは当然だが、文太がいなければアフレコは出来ないので、我慢して待つより他なかった。

 やっとお出ましとなった主役は、ほんのりどころか明らかに一杯聞し召して、爪楊枝を銜えておいでだ。それでは始めましょうとマイクの前で主役を囲み、テストが始まった(同)

 ところが、1回目のテストが終わったあと、文太はミキサー室へ行き、スタッフとなにやら話し合いを始めた。俳優たちは元の椅子に戻り、再開を待った。しばしあり、助監督の声が響いた。今夜は文太の出ていないシーンだけのアフレコにしてほしい、という。

 おやおや主役は体調が可笑しくなったか、それとも飲み量が足りないのか? 唖然呆然とする我々を一瞥することもなく、明るいベージュのカシミア・コートを肩にかけた主役は、製作部を従え颯爽と出て行った。(中略)外から流れてくる冷たい風に向かって堂々と歩いて行く菅原文太。その背中には、主役は俺だぜという気構えが漂っていた(同)

 そこには、約12年前、7歳下の三上の前で「松竹は冷たい」「約束が違う」と嘆き、大粒の涙を流した男はいなかった。

ADVERTISEMENT

 のちに文太は、高倉健と鶴田浩二を例に出し、「人気はその時のもので、永遠に続くものではない」と語った。賢明な文太は、自分もまた同じ命運にあることを予想していただろう。人気商売の儚さを自覚していたからこそ、ひとときの栄光を謳歌したのかもしれない。

【続きを読む】《暴力団と交流もあったが…》『仁義なき戦い』で名を上げた菅原文太がヤクザ映画への出演を辞退するようになったワケ

仁義なき戦い 菅原文太伝

松田美智子

新潮社

2021年6月24日 発売

「誰が決めたんじゃあ!」 頑固者・菅原文太が撮影に向かう新幹線内で起こした“うどん騒動”の一部始終

X(旧Twitter)をフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー