1ページ目から読む
5/5ページ目
「お疲れさまでした」「がんばって下さい」
もはや雰囲気や景色を楽しんでいる余裕はない。もうどうだっていい。とにかく早く、この階段を上りきりたい。ただそれだけだ。休憩がしたい。トイレに行きたい。背中を押す涼しい風だけが唯一の救いだ。
ようやく頂上まで上りきると、次はもと来た渡り廊下が待ち受ける。行きには気づかなかったが、扉には「お疲れさまでした。(階段数462段)改札出口まで後143メートル、階段2ヶ所で24段です。がんばって下さい。」と、土合駅から励ましのメッセージが書かれていた。そのあとも「改札口はここから17メートル」とゴールを予感させ、なんとか足を踏み出しラストスパート。残りわずかとはいえもう足はクタクタだ。そしてついに改札までたどり着くと、感慨に耽る暇もなく、トイレへと駆け込んだ。
久しぶりの地上はかなり眩しい。外はものすごく暑かったことも、セミがやかましく鳴いていることも、のどが渇いていたこともすっかり忘れていた。あれだけ疲れ果て、もう二りたくない階段だったはずだが、駅舎を出るころにはなんとなく、後ろ髪を引かれる思いだ。
山深い自然の中にある無人駅から一歩中に入ると、無機質なコンクリートの地下空間が広がっているなんて、外から見ただけではまったくわからないだろう。この駅を利用しない限り、雑誌で見かけなければ、駅の存在自体知らないままだっただろう。もしかしたら異空間は、案外身近にあるのかもしれない。この世には私たちが知らないだけで、心が揺さぶられる場所はまだまだありそうだ。
写真=あさみん