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「本番中にこいつには負けたと…」明石家さんまの“アドリブ力”はなぜビートたけしを唸らせることができたのか

『すべてはタモリ、たけし、さんまから始まった』より #3

2021/08/09
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 この決断によって『ひょうきん族』の笑いは、ネタ中心からアドリブ中心へと大きく舵を切ることになった。番組の制作スタイルにもその変化は表れた。従来であれば、放送までに綿密な打ち合わせやリハーサルがあった。台本の読み合わせ、ドライリハーサル(簡単な動きをつけたリハーサル)、カメラリハーサル(衣装姿でのリハーサル)、ランスルー(通し稽古)というように。それに対して『ひょうきん族』では、そうしたやり方をやめた。ドライリハーサルもやらず、段取りだけ決めて、いきなり本番ということすらあった(こうした手法は、裏番組のTBS『8時だョ!全員集合』が、リハーサルの積み重ねによる練り込まれたコントを売りにしていたのを意識して独自色を出すために採用されたという側面もあった)。

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 この方針転換は、さんまにとって二重の意味で好都合だった。ひとつはコンビの解体によって、さんまは他の出演者と対等の立場で出演できたこと、もうひとつは、アドリブ中心の笑いになることで、誰とでも当意即妙に絡むことができるさんまの特長を最も生かす場ができたことである。

たけしに「こいつには負けた」と言わしめた、さんまの笑い

 そのことを端的に物語るのが、番組の目玉コーナーである「タケちゃんマン」でのたけしとの絡みである。これにより、さんまの名前は広く知れ渡った。

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「タケちゃんマン」は、ヒーローもののパロディで、たけし扮する正義の味方タケちゃんマンと、さんま扮する悪役・ブラックデビルの対決が基本構図である。だが実際は、そうした構図に基づいた物語の展開よりも、最後の対決場面で延々と繰り広げられるアドリブ合戦が大きな見どころだった。例えばタケちゃんマンが、スタジオに用意されたプールにブラックデビルを突き落とすシーンがあったとする。すると、一度だけでいいはずなのに、ブラックデビルは何度も突き落とされ、その都度、リアクションを変えて笑いを取ることを求められる。もちろん最後にはタケちゃんマンも突き落とされて、びしょ濡れになるというオチである。

 アドリブに関しては、たけしも得意とするところだった。たけしが修業を積んだ浅草でのコントも、基本はアドリブだったからである。

 しかし、「タケちゃんマン」でのアドリブ合戦は、最初からたけしに不利なものであった。繰り返しになるが、漫才ブームは、吉本ブームでもあったからである。吉本の笑いとは、ボケに対して必ずツッコむとか、お決まりのギャグに反応して必ず派手にこけるとか、演者間のコンビネーションを基本に決まったパターンを繰り返す「コテコテの笑い」である。そして、しらけ世代のさんまは、そうした理屈抜きの笑いを延々と続けることを全く苦にしなかった。それに比べるとたけしは、むしろ言葉のひとであり、論理のひとであった。

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