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「店長、居ますか…」閉店後の百貨店8階に取り残された“バイト女性”は何を見てしまったのか?

「店長、居ますか…」閉店後の百貨店8階に取り残された“バイト女性”は何を見てしまったのか?

怪談和尚の京都怪奇譚 幽冥の門篇――「怖がり」#1

2021/08/07

source : 文春文庫

genre : 読書, ライフスタイル, 社会

note

 私が厨房に居る店長の方に目をやると、店長は入って貰うように口パクで伝えてきたんです。

 その時点で、ラストオーダー5分前でしたので、私は「あと30分で閉店ですが大丈夫ですか」と言いました。

 すると男性は、かまわないと言って来たんです。私は閉店後に、店の掃除や後片付けがあるので、この時間からは正直、入店して欲しくはなかったんです。ですから私は少しめんどくさそうにこう言いました。

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「注文からお食事の提供までお時間が掛かりますし、食べる時間は15分から20分くらいになると思いますが、それでも大丈夫ですか」と、早口で、あからさまに嫌がっているという感じで伝えました。それでも男性は、かまわないと言うので、仕方なくその人を席に通して注文を聞きました。

厨房に行くと、店長が食洗機を覗き込み……

 案の定、このお客さんがお店を出たのは、閉店時間を15分ほど超えた頃でした。

 私は、すぐに食器を食洗機にかけると、店内の掃除に取りかかりました。各テーブルを拭くと、その上に椅子を逆さにして置いていきます。それが終わると、掃き掃除をします。次にはゴミをゴミ袋に入れて、ゴミ集積所まで持って行かなくてはいけません。

 普段であれば、アルバイトが最低でも2人はいるのですが、コロナの影響でお客さんが激減していたので、バイトの人数が減らされていたんです。ですから、掃除をするのにもいつもよりかなりの時間が掛かりました。

 厨房に行くと、店長が食洗機の扉を開けて、何やら覗き込んでいました。

 どうやら、私がスイッチを入れた後、上手く作動していなかったみたいで、中の食器が洗われていなかったんです。

©iStock.com

 今までもこの食洗機は調子の悪い時があって、この日はとうとう何も動かなくなってしまったんです。

 明日までこのままにしていると、ネズミやゴキブリが出るかも知れないので、仕方なく食器を手洗いすることになりました。

 私が洗っている最中も、店長は食洗機を直そうと頑張っていたようですが、上手くいかなかったみたいです。

私には“急いで帰りたい理由”があった

 やっと食器が洗い終わると、店長がいつもより仕事が多かった私を気遣ってか、オレンジジュースを出してくれました。

 正直、私はすぐにでも帰りたかったのですが、折角の店長の好意なので断れず、グラスに入ったジュースを一気に飲み干しました。

 コロナの影響で、最近はスポーツジムが閉店しているらしく、体を鍛えるのが趣味の店長は、ゴミ袋をダンベルのように、持ち上げたり下ろしたりしながら私にこう言ってくれました。

「本当に遅くまでお疲れ様、助かったよ。ゴミは俺が集積所に持って行くから、先に帰って貰っても大丈夫だよ」店長は、私が急いで作業をしている理由を知ってくれていましたので、そう言ってくれました。