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 トイレに行きたくても怖くて行けない私は、なかなか来ない店長を迎えに行くことにしました。

 店の前まで行くと、クローズの看板の向こうは完全に電気が消えており、店長の姿もありませんでした。

「店長、居ますか」と呼びかけても……

「店長、居ますか」私は店外から声を掛けましたが、全く返事がありません。まるで異世界に、一人だけ取り残されたような気分になりました。

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 お店を出た私は、エレベーター前まで行きました。その前にずっと居たので、店長が階下に降りているはずがありません。

 直ぐに私は店長の携帯電話に電話をしました。しかし、店長の携帯電話からは「電波が届かないところに居るか、電源が入っていないため、お繫ぎ出来ません」というアナウンスが流れるだけでした。

 そこまできて気が付いたのですが、もう一つ階下に降りる方法がありました。それは、社員用の階段です。

 普段は社員用なのですが、非常時にはお客さんも使えるように、幅の広い階段があるんです。ですから、ゴミ袋を幾つも持った状態で降りようとしても、十分に降りられる階段なんです。

 しかも、店長の趣味は体を鍛えることですから、恐らく8階から地下まで、運動のためということで降りていったに違いありません。いつも、仕事中は携帯電話の電源を切っているので、今、階段を降りている最中なのだと思いました。

 と言うことは、今この階には、私しかいないということです。それに気が付いた私は、再び急いでエレベーターの所に向かいました。

「扉が閉まります」

 誰かが使用したのか、エレベーターは3階に降りていました。人間は、嫌な時間は長く感じると言いますが、まさにこの時がそうでした。

「早く来て欲しい」そう思うのですが、表示板の電灯はゆっくりとしか進んで来てくれません。

 やっと到着したエレベーターに、私は無事乗り込むことが出来ました。3階のボタンを押し「閉」と書かれたボタンを押すと、数秒遅れて「扉が閉まります」とアナウンスが流れました。

 ゆっくりと閉まっていく扉の隙間から、虚しくポーズを決めるマネキンの姿が最後まで見えていました。

後編に続く

怪談和尚

三木 大雲 ,森野 達弥

文藝春秋

2021年8月5日 発売

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