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「もしかして、何か見たんですか」誰もいない百貨店地下で“曰く付きのトイレ”に入った女性の末路

怪談和尚の京都怪奇譚 幽冥の門篇――「怖がり」#2

三木 大雲 2021/08/07

「実は、地下通路のトイレは、配管やら何やらが古くなったので、使えないように入り口を壁にしたらしいんだよ。だから、壁を潰せば昔のトイレが出てくるらしい」そんな話を店長はしてくれました。

 そして、そのトイレには、少し悲しい話があったそうです。

曰く付きだった“地下通路のトイレ”

 百貨店が建った当時、今よりも社員が多くいたそうです。そして、他の百貨店やショッピングモールとの競争もあって、今でいうブラック企業化していたそうです。

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 社内では、過労死やいじめ、無報酬残業なんかも日常化していたといいます。

 その時、一人の女性が、あのトイレで首つり自殺をされたそうです。それが切っ掛けになり、百貨店では社員の仕事量の見直しがされたんだそうです。

 このトイレは、今は使われていないのですが、私を含め、数名のアルバイトが、同じような経験をしたと言うことで、テナントの一部の経営者には、百貨店から話をされたようです。

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 店長は一度、百貨店側に、その女性の供養や、過労死された方々の供養をするようにお願いしてみるとのことでした。

 そして最後に店長は私にこう言いました。 「アルバイトの社員証を返して貰わなくてはいけないから、取りに行くよ」

 しかし、私はあの時、あのトイレに社員証を忘れて来てしまったんです。そのことを伝えると「仕方がないか」と許してくれました。

 もしかすると、壁の向こうのトイレの中に、私の社員証が落ちているかもしれません。

*  *  *

 お話しくださった女性は、百貨店が勿論、供養をしたとは思いますが、私も個人的にしたいと仰って、お寺でお経を挙げさせていただきました。

 トイレに出たと仰る女性の霊ですが、誰かに自分の無念を知って欲しかったのかもしれません。たまたま波長の合った人に、それを訴えておられたのでしょう。

三木大雲住職(撮影:宮崎慎之輔)

 二宮金次郎さんという思想家の方がおられます。時々小学校で、薪を背負いながら本を読んでいる銅像の方です。

 この方の言葉とされている名言の一つに、次のような言葉があります。

「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」 

 経済ばかりに目を奪われると、果ては命を失うことになるかもしれません。かといって、お金なんてどうでも良いと、経済の事を考えなくなると生活が出来ません。

 この道徳と経済のバランスが難しいですね。

怪談和尚

三木 大雲 ,森野 達弥

文藝春秋

2021年8月5日 発売

INFORMATION

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source : 文春文庫

genre : 読書ライフスタイル社会