「蚊も人も俺にとっては変わりない」「私の裁判はね、司法の暴走ですよ。魔女裁判です」。そう語るのは、とある“連続殺人犯”である。

 “連続殺人犯”は、なぜ幾度も人を殺害したのか。数多の殺人事件を取材してきたノンフィクションライター・小野一光氏による『連続殺人犯』(文春文庫)から一部を抜粋し、“連続殺人犯”の足跡を紹介する。

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CASE1筧千佐子

近畿連続青酸死事件

「先生、やっと来てくれましたね」

 面会室に入るなりそう口にした千佐子は、目を合わせてにこっと微笑む。邪気(じやき)のないその笑顔に、法廷で機嫌が悪いときに彼女が見せていた、攻撃的な表情とのギャップを感じる。その日は雑談に続いて、矢野家に嫁ぐきっかけと、嫁いでからの話題となり、そこでまた夫の実家についての悪口になった。淀みなく語るその口調を耳にしながら、私はあることを実感していた。

 千佐子の一連の裁判では、犯行そのものへの関与の有無だけでなく、彼女の認知症についても争点となり、責任能力と訴訟能力が問われた。結果として一審判決ではともに認められたが、公判中の被告人質問では、千佐子は「憶えていない」という言葉をしきりと連呼していた。だが、そのときと比べれば、目の前の彼女は遥かに記憶がはっきりしているのである。

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 もちろん、前日に話したことと同じ内容を口にしたりすることはある。だが、その頻度は法廷でのものとは明らかに異なっていた。やはり彼女のなかで、認知症を意識して振る舞っている部分が、少なからずあったのではないかとの印象を抱いた。 

 翌日、ふたたび話題が元夫の本家に意地悪をされたとの話題になったことから、私は意を決して、しかし平然と尋ねた。

「投資とかでおカネを稼ごうとしたのは、本家を見返すため?」

「そうですよ。おカネを稼いで、後ろ指をさされないようにしたかったから」

 千佐子は当たり前といった口調で答える。

「投資っていつから?」

「それはあれですよ……『××インターナショナル』が来てから。それまではやってません」

 投資はもっと前からやっていたはずなので、彼女はここでも噓をついたことになる。だが、これも追及は見送った。