「笹井さんは、殺めました」
なかでも、遮断した鵺の表情で最も印象に残っているのは18年1月17日、1000佐子との17回目の面会のときだ。ふと私が「千佐子さんって、北山さんは殺(あや)めてないの?」と尋ねたのである。すると彼女は、カネ回りのいい彼を殺めるはずがないと断言した。そこで私は質問を続ける。
「てことは、おカネを出してくれない人を殺めたってわけ? たとえば笹井さんは?」
「笹井さんは、殺めました」
「ほかにおカネをくれなかったのは?」
「山口さんはケチやったな」
「山口さんはどうしたの?」
「山口さんは、殺めました」
このときに千佐子が見せた表情は、まさにそうだった。しかし私が緊張感に耐えきれず、つい息を呑んでしまったのである。それで我に返った千佐子が話をずらし始め、ついには記憶の減退を訴えるようになり、前言の信用性を暗に否定した。
その後、もう一度だけ笹井さんと山口さんの殺害を認める機会はあったが、同年3月5日の21回目の面会において、筧さん以外は殺めた記憶がないと主張するようになり、すべては振り出しに戻ったのである。
千佐子との面会、それは“無限ループ”に等しい。ときに彼女は、真実や本心の混じったと思しき言葉を漏らしたりもする。だが、それが自身にとって不利な材料であると気付けば、記憶の減退を口にして元へと戻すのだ。その繰り返しだった。
結論から言うと、私は22回目の面会をもって、千佐子からシャッターを下ろされた。裏取りをして、明らかに噓だというこれまでの発言について、正面から疑問をぶつけたのである。予想通り、激昂した彼女は否定し、証言者が噓を言っているのだとなじり、その人格を否定する言葉を口にした。
そんなときは悪いことも重なるものだ。いつもなら「あと5分です」と付き添いの刑務官が教えてくれるが、千佐子の烈しい怒りの言葉に気を取られていたのだろう。いきなり「時間です」となってしまった。つまり、彼女の機嫌を取り戻すための、終了前の5分を持つことはできなかったのである。
「私もね、もう死刑になるからね。勝手に言いたいこと言うて、いう感じや」
これが私が耳にした、千佐子の最後の肉声だ。以来、彼女との対話は途絶え、私の手許には、送られてきた28通の手紙だけが残されている。
*筧千佐子は21年6月29日に最高裁が上告を棄却し、7月17日に死刑が確定した。
千佐子は、葬儀の場で親族に遺産の権利を主張したという。
千佐子は出会いを繰り返してゆく。