鍵のかかっていない引き戸
自分たちのような物好きがこれまでここを訪れるも、その気配に恐怖して何もせず帰っていった――そんな噂はあくまでも恐怖を煽る方便だと思っていたからこそ、噂が現実にジリッと一歩近づいたようなその気配に不安が募ったそうだ。
ガラ……。
「お、開くじゃん」、「マジか、いけいけ!」鍵のかかっていない引き戸のガラス戸を開け始めた二人を見て、Yさんは胸の中の不安が確信に変わりつつあるのを感じた。
そして、自身の悪寒すらいとわずに車の窓を開けて二人に向かって叫んだ。
「やめろ! マジでやめろ!!」
その声に、携帯のライトを照らしながら家の中に入ろうとしていたNさんとTさんの動きが止まり、少し驚いたような表情でこちらに振り返る。
「なに急に? キャラおかしいぞ」
「いいからそこにいろよ」
ガラガラガラガラ……。
Yさんの声など意に介さず笑いながら家の闇に吸い込まれていく二人の後ろ姿。動悸が激しくなり冷や汗が流れる。
ピシャン。
が、引き戸が閉まり、二人の姿が見えなくなった途端、それらの不安がスッと驚くほど簡単に消え去ったそうだ。
もうダメだから仕方ない
「まあ、もうダメだもんな」
あの二人はもうダメだから仕方ない。
そんな言葉が口をついて出た。自分にできることはここから動かず家に入らないこと。
Yさんはゆっくりタバコを吸ってその場で二人の帰りを待っていたそうだ。
十数分後、すりガラスの向こうに携帯のライトが瞬き始め、ガラガラガラと引き戸を開けて二人が出てきた。
ジャリジャリジャリ。石混じりの地面を踏みしめ、二人が車まで戻ってくる。
バタン、バタン。
「ふー、別に何もないただの廃墟だったわ」
「でも仏壇と遺影あったじゃん、女の子の」
「あれなー。でも別に怖かないでしょ」
「まあね。でも俺一応手は合わせておいたよ」
「うそ、俺無視しちゃったんだけど!」
Yさんはタバコの火を消して「ふーん、じゃ帰ろっか」と呟いた。エンジンをかけ、すっかり暗くなっていた辺りを車のライトが照らし出す。