廃墟のあった私有地を抜けようかというそのとき…
助手席のNさんがラジオをつけ、先の廃墟での話を後部座席のTさんに向かってしゃべり出したが、数回言葉を交わすうちに急速にその熱は冷め、話題はこの後なにを食べるかといったたわいもないものに変わっていった。
タイヤがジャリジャリと音を立て、ゆっくりと廃墟を背にして動き出す。
車が加速しだし、その廃墟のあった私有地を抜けようかというそのとき、Yさんは人影を見た。
車のライトに照らされた初老の男性。
穏やかな笑顔で道の脇に立ち、横を通り過ぎようかという車、いや、Yさん本人に向かって深々とお辞儀をしたのだ。
「どうもありがとうございました」
Yさんにはそんな男の声が聞こえたような気がした。ゾッと鳥肌は立ったが、楽しそうに談笑する二人にはそのことはなぜか伝えなかった。
あいつら、もう助からないのか?
そして、車を人里のコンビニの前に停める。
NさんがYさんに「なにがいい? おい」と声をかける。
「え、何でもいいよ」
「じゃあ、強炭酸のやつにするわ」
「あ、待った俺もやっぱいくわ!」
楽しそうにコンビニに消えていくNさんとTさん。
俺のさっきまでの達観はなんだったんだ……? このときになってやっとYさんは、自分の頭を支配していた異常な落ち着きに寒気を感じ始めたそうだ。
あいつら、もう助からないのか? あんなに楽しそうにコンビニで飲み物を選んで、数ヶ月後には今日のことなんてろくすっぽ覚えていなさそうなあいつらが?
「怖いなー」Yさんがそうボソリと呟くと同時に、二人も車内に戻ってきた。
その日はそのままお開きになった。
数ヶ月後。仕事に勤しんでいたYさんは、休憩中に留守電が入っていたことに気がついた。相手はあのとき仏壇に手を合わせたというTさん。
「ちょっと会って話したいんだけど、明日休み? 喫茶店とかでちょっと会わない?」
翌日、行きつけの喫茶店で出会ったTさんは、ガリガリに痩せ細っていた。
そしてTさんはYさんに、この数ヶ月の間の出来事を話し始めた――。
【後編を読む 「あの子、それから蝉しか食べなくなっちゃって…」 “蝉の鳴かない山”に足を踏み入れた男が過ごした“恐怖の一夜”】
(文=TND幽介〈A4studio〉)