東条ならできます
若槻 「皇族はダメ、というならば、臣下をということになる。では、それは誰か? 内大臣の意中をうけたまわりたい」
木戸 (待ってました、とばかりに)「陸軍大臣の東条閣下。と同時に陸海軍協調と、9月6日の御前会議決定の再検討を陛下が命ぜられるのが、もっとも実際的な時局収拾であると思う」
若槻 (びっくりして)「東条!? そんなバカな!? それより宇垣(一成・元陸軍大臣)はどうか」
木戸 (決然たる口調で)「ダメです。これまでの経緯もあり、陸軍部内は宇垣にたいして、十分な支持をする空気になっておりません。その宇垣によって陸軍を抑えさせるのは、とうてい無理な話です。東条ならできます」
――ここで阿部信行が宇垣大将についてわけのわからないことを長々というが、略。
岡田啓介 「しかし、どう考えても、今回は陸軍が近衛内閣を倒したと見るべきである。その陸軍の代表の陸相に大命が下るのはどうかと思う。私は断固として反対する」
木戸 (キッとなって)「いや、今回の政変は、陸軍のみに責任があるとはいえない」
岡田 (ひるまずに)「とにかく、陸軍は強硬そのものである。内大臣は以前に、陸軍は背後から鉄砲を撃つといわれたことがある。それが大砲にならなければいいが、そうなる可能性がある。断固反対だ」
――論戦らしい論戦はこのときだけ。噫!
木戸 「その心配はもちろんある。(ジロリと岡田をにらみ、皮肉っぽく)ならば、海相(及川古志郎)に担当させるか。それも一案であるが……」
岡田 「いかん、海軍がでることは、絶対にいけない」
米内 「まったく、同感である」
――この海軍の長老2人の組織防衛ぶりには、海軍には海軍のみあって国家なし、と当時評されていたのはもっともである、と思うほかありません。
若槻 (歯切れも悪く)「東条ということになれば、外国に、とくにアメリカにたいして、悪い印象を与えることになると思うが、どんなものか。むにゃむにゃ」
広田 (大声で)「内大臣の案に私は大賛成である」
――一同、黙り込む。
原 「内大臣の案には不満もあるようであるが、ほかにいい案もないから、これでゆくことにしよう」
というわけで、討議はおしまいになります。
【後編に続く】《開戦80年》「戦機はあとには来ない。いまがチャンスなのだ」「3年たてばアメリカは強くなる」なぜ日本は必敗の戦争を始めたのか