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 扉が閉まると、老囚は孫ほども歳が離れている若い担当に連れられ、足を引き摺るようにしてボクの部屋の前を通り過ぎていった。ボクは部屋の鉄格子の窓に顔を押しつけて覗いてみた。そのときボクの耳に聞こえてきたのは、

「若けぇの、またすぐに戻って来るからよ。そのときはまたよろしく頼むよ。なッ、いいだろう、若けぇの」

 若い担当に縋るように話す老囚の声だった。

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 廊下を去っていく老囚の痩せた後ろ姿は、見ていて何とも哀れだった。普通であれば、出所は希望と喜びに満ち溢れるものである。しかし、この老囚にしてみれば、そんな出所も安住の地を冷淡に追い出され、路頭に迷うものでしかなく、決して喜びとはいえないのである。一歩獄の外に出れば、自分で日々の糧をしのいでいかなければならないのだ。

 ところが、刑務所にいればそんな心配もなく、三度の食事が供与され、身体の調子が悪つかいといえば医務課へ連れて行かれ、何くれとなく担当たちも気を遣ってくれる。寂しさから解放されるのだ。酒、タバコさえ平気なら、天涯孤独となった老囚たちにとって、塀の中は“天国”なのかもしれない。

 刑務所の人と人とが織りなす複雑な人間模様。ここからも社会のあり方の一端を窺い知ることができる。しかし、この養老院は皮肉なことに、法律を犯さなければ入って来れない「国営の天国と地獄」なのである。

移送先は「さ、む、い、と、こ」

 夏のくそ暑い太陽がギラギラと容赦なく照りつける府中刑務所の独居房で、ボクは壁に寄りかかって、忙しなく鳴き立てる蝉たちの声を聞いていた。噴き出す汗が幾筋ものラインを描いて滝のように身体を伝い、ぼろ布と化した穴だらけのランニングシャツに容赦なく染み込んでいく。そんな光景を、ボクは悶々として見つめていた。

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 八王子拘置所から移送されて二カ月が経過していた。

「新聞です」

 独居房の扉の下側につくられた食器口から、いつもの経理夫の見慣れた顔が現れた。そしてボクの顔を見るとニッコリ微笑んで、声を潜めるようにして言った。

「サカハラさん、三日後、やっと移送になりますよ。場所は帯広刑務所です。帯広は行状は楽だし、エサ(食事)も最高ですよ。頑張ってください」

 この経理夫は普段から何くれとなくボクに気を遣ってくれていた。そのお陰で、回覧の新聞なども、他の者たちよりも余計に長く見ることができた。

 経理夫は受刑者たちの仕事上の管理や身の回りのこまごまとしたことを、担当の片腕となって行っていることから、移送関係の情報もすぐに入ってくる。だから事前に知ることができるのだ。

 ボクは二カ月間ものモノトーンな生活がやっと報われると思い、欣喜した。

 太陽が西へ大きく傾いて夕焼け空をつくり出す頃、「材料出しー!」の声が独居房の廊下に響き渡る。この「材料出し」というのは、一日の仕事が終わるに当たって、各房に入れている材料を段ボールの箱の中に入れて房前の廊下に運び出すことをいい、同時に房内の清掃の合図にもなっている。