横浜・練馬鑑別所、中野・八王子拘置所、府中・帯広・神戸・札幌刑務所……。数々の犯罪を重ね、人生の3分の1にあたる20年間を“塀の中”で過ごした男が目にしたものとは――。
29歳からヤクザの道に進んだが、出所後、キリスト教の教えと出逢ったことをきっかけに回心し、現在はヤクザな生き方から離れて建設現場の墨出し職人として働くさかはらじん氏の著書『塀の中はワンダーランド』(ベストセラーズ)の一部を抜粋。塀の中のドタバタエピソードを紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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老囚の願い——国営の天国と地獄
ある晩の夕食のあと、ボクは塀の外から聞こえてくる子どもたちの戯れる声と一緒に、ヒュー、ヒュルルーパッパーン! と、勢いよく炸裂する花火の音を聞きながら涼をとっていた。すると、灯りを落とした部屋の前の昏い廊下から、夜勤の若い担当と老囚の話し声が聞こえてきた。
聞くともなく聞いていると、どうも老囚は明日、満期で出所するようである。
あっ、あの爺ちゃんか……と思っていると、
「爺ちゃん、明日、いよいよ“引っ込み(出所)”だなァ。もうこんなところに入ってきちゃ駄目だよ」
若い担当が言った。すると老囚は、「若けェの、そんなこと言うなよ。わしをここへ置いといてくれよ。出ても行くところねェんだからよ。なァー、頼むよ、いいだろう」
そんな老囚の哀切な願いに、「爺ちゃん、何言ってんだよ。こんなところにいるより社会で暮らした方がよっぽどいいんだぞ。ここは人の暮らすようなところと違うんだからさ」と言う担当の言葉に、老囚は語気を荒くするようにして言った。
「けぇっ! わしらの気持ちなんか、ちっともわかってねえくせに。なぁー、若けぇのいいだろう。頼むよォ」
すると若い担当は、なおも諭すようにして言った。
「爺ちゃん、人は人らしく社会にいる方がいいんだぞ。こんなところにいちゃあ駄目だし、こんなところに来ちゃ駄目なんだよ。誰でもいいから身寄りを頼って行きなよ」
「身寄りなんて誰もいねぇよ。わしはもう独りぽっちだ。出たってまたどうせすぐに戻ってくるんだ。金もねぇし、誰もこんな老いぼれなんか気にしちゃぁくれねぇよ。わかるだろう若けぇの。だから、ここに置いてくれよ、頼むよォ」
老囚が哀しそうに訴える。
こんな何とも切ない会話がボクの耳に聞こえてきた。聞いていて、ボクは身につまされる思いにかられた。
翌朝、ボクは蝉の声とともに、いつものように鳥のさえずりの軽快なリズムに起こされた。布団は折り目がつくようにビシッと畳み、枕もまるで長方形の箱が置いてあるかのように角をつくって整頓した。
そして一日の始まりの儀式である点呼を終え、朝食もすんだ頃、昨夜の老囚の部屋の扉の鍵穴にガチャガチャと鍵が差し込まれる音が聞こえ、扉の開く音が続いた。
「爺ちゃん、用意できたか。忘れ物のないようにな」
老囚に担当が言った。