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 そこへ休憩中だった看守ともども警備隊がドタバタと音を立てながらグラウンドへ駆けつけて来て、二人を連れて行ったのだ。

 当然、門野に飛んだヨシは、二人の警備隊員に腕を後ろへ捩じ上げられ、頭を上から押さえつけられて空飛ぶ飛行機のような格好で引致されて行った。一方、飛ばれた門野は、一人の警備隊員に腕を持たれて連行されて行く。

 ボクが最後に門野を見たのは、このとき連行されていく後姿が最後となった。遠山たちの取り巻きの懲役の一人に、川崎出身の馬場という、シャブと恐喝事件で五年の刑期を背負って来ているのがいて、ヨシはその懲役の舎弟になっていたことから、クンロクを入れられて飛んだのだろう。

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 遠山は自分という存在を周りの懲役に強く誇示したいがために、馬場にクンロクを入れ、馬場はヨシを飛ばさせ、門野を血の粛清にかけたのだろう。

 誰にも媚を売らず、飄々としている大学出のインテリジェンス豊かな門野に嫉妬していたのかもしれないし、一言も口を利かない門野に、オレを無視していやがるとでも思ったのかもしれない。もしくは、他に何か理由があったのだろうか。些細なことで恨みを買い、些細なことで敵意を持つのが人間である。まして、塀の中ともなれば……。

 この事件から何日かすると、集団を形成していた遠山たちのグループ五人全員が独居房の中へ吸い込まれていった。飛べと言われて飛んだヨシが、すべてを歌った(白状した)。ある意味、ヨシも被害者だが、このような事件は塀の中ではよくあることだ。もっとも門野自身、飛ばれた理由を訊かれても、答えることはできなかっただろうが。その後の噂によると、この事件に関与したグループは、二カ月間の「軽屏禁」の懲罰を受けたようである。懲罰のマックスは二カ月だから、集団で起こした暴行事件は重たかったのだ。刑務所では、集団を形成して派閥をつくるという行為は、厳しい取り締まりの対象になっていて、運動の時間に二人以上固まって歩くだけですぐに注意されるほどである。

 門野を師と仰いでいた佐々山は、心の奥に哀愁と深い感傷を抱いているかのようだった。せっかく仲良くしていても、突然、独居房に吸い込まれて、そのままもう二度と会えなくなってしまうかもしれないと思うと、塀の中の無情に言いしれぬものを感じて、何とも切なくなるものである。

©iStock.com

受け入れを拒否された性犯罪者

 秋が過ぎ、またやって来た冬のある寒い朝。ボクは担当台の部長から呼ばれ、「サカハラ、雑居に戻ってくれないか」と言われて、以前いた雑居房とは別の二級雑居房へ入れられた。

 ボクの入った雑居房には、部屋長の「赤いランドセルの松」がいた。この松は囲碁が上手で、よくボクと対戦したものだ。しかし、三回に一回しか勝てないボクは、負けてはよく悔しい思いをしていた。この頃の松は、仮釈放の面接がかかっていたが、大阪の保護協会からその受け入れを拒否されていた。大阪で事件を起こしていたからだ。

 その後も仮釈もらいたさに、全国の保護協会に受け入れを申し込んでいたが、卑劣で猥褻な事件を起こした松のような性犯罪者はどこも簡単には受け入れてくれない。